第24話 高貴なる御方
「「ああああああああああああ…………!!!」」
私とネモネは脳に響く異音に対して同時に頭を抱える。
なにやら、ぶつぶつと言葉を発しているようだが、激しい頭痛のせいで聞き取れない。
この声の主は不快感どころか、激痛を伴いながら正常に会話ができると思っているのだろうか。
相棒の狼との念話のように心地が良いものではない。
無理矢理に頭の中をスプーンでかき混ぜられているようである。
すぐに異変を察知したSentinelは盾の一枚を私たちの頭上へ移動させて、薄く引き伸ばしドーム状の天井のようなものを作った。
すると、頭の中のスプーンはどこかへ消え去り声も聞こえなくなった。
私は肩で息をしながら呼吸を整える。機転を利かせてくれた光の盾にお礼をする。
「大丈夫ですか!?」
うずくまるネモネの肩に触れながら意識を確認する。
「う、うん。もう大丈夫。ありがとー」
彼はよろよろと体を起こして頭を下げた。
「よかったです。まだ頭は動かさない方がいいですよ」
私は後ろへ振り向いて城があると言われた橋の方を見る。
橋の半分ほどのあたりからこちらまでは、まるで海のようであった。
辺りをキョロキョロと見渡していると、橋の方からこちらへ向かってくる人影を見つけた。
嫌な予感しかしない。私はSentinelへ引き返すように指示を出す。
シールドはすぐにその指示を聞き、密林の方へ走り出す。
その最中に進行方向から二つ。高速でこちらへ向かってくる物体があった。
それらは私たちに狙いを定める様に海面から飛び上がると、突き刺さるように襲い掛かってきた。
「守って!」
シールドは大きく前方に展開される。黒い三日月形のそれらをしっかりと受け止める。よく見てみるとイルカのようである。
その正体へ驚く暇もなく後方へ盾が展開される。
「おやおや。これでは私が出るまでもないではないか。さっさとその子たちぐらい跳ねのけてもらわないとね」
先程の脳内に直接語り掛けるものではなく
、はっきりと肉声が聞こえた。不気味な空気がさらにピリつくように感じる。
白髪の女性が杖を振りかざしてこちらへ飛んできた。杖と盾がぶつかり合う鈍い音が響く。
「何者ですか、あなたは」
「おしゃべりをしている余裕など無いはずですよ。もっと集中して精神力を強く保たなければ、こんなヤワな防衛魔法破ってしまいますよ」
純白のウエディングドレスに身を包んだ女性が饒舌にアドバイスを口にする。
透き通るように白い髪。驚くほどに肌が白くすらりとした長身である。
自身の髪色と病弱そうな肌色に加えて、身に着けている花嫁の装束。頭のてっぺんから爪先まで白一色なのだ。
頭に被ったベールからは大きな耳が見える。
露出した肌からは丈夫な体毛が生えそろっているようには見えないので、おそらく彼女はネコミミなのであろう。
「ネ、ネリネ! この人は城主様の仲間だよ」
「それなら何で急に襲ってくるのですか! 私のことを城主様は探しているのではなかったのですか」
「そうだよ。桃色髪の少女だよ! 僕が連れてきたんだ。しかもSentinelを使えるんだよ」
ネモネの言葉を聞くなり、女性は杖での殴打を中止した。すると、周囲の張り付くような空気が一変して穏やかなものになった。
広がっていた海は何事もなかったかのように消え、突進を続けていたイルカたちも霧散するようにいなくなった。
「そうか、君が件の桃色髪の少女というわけか。さんざんあの子たちから報告は受けているよ。金色に光り輝く盾を使う少女がいるってね。それはもうあの人のように」
彼女は私のことを値踏みするかのように視線を動かす。
「あなたはネコミミですよね。もしかしてエリンジュームを知っていますか?」
「魔女の本名をそう気軽に呼ぶものではないよ。どんなペナルティが込められているかわからないからね。私でさえも恐れ多くて口にはしないさ。まぁあの人に限っては大丈夫だと思うけれど」
ご主人様のことを知っているようである。
「今どこにいるか知っていますか」
私がそう聞くと、ニヤリと口角を上げて笑いだした。噴き出すような笑いではない。
引きつったような笑いであった。
なぜ今更そんなことを聞くのかとでも言いたげであった。
「わかりました。別にあなたに教えてもらえなくてもいいですよ。それでは城主様に直接聞くのでそこを通してはくれませんか。城主様は私を必要としているようなので」
「気を悪くしたのなら謝罪をしよう。どうにも私は人づきあいが苦手みたいだね。それと、君のお願いについてだが聞くことは出来ない。つまり君を城主には会わせられない。だから私はここに立っているんだ。通りたければ力づくで通るしかないね」
彼女は杖を構える。
「ちょっと待ってください。私は貴方に敵意などありませんよ。戦っても勝てないとわかります。どうか話を聞いてはくれませんか」
私が話し合いを提案すると、今度は噴き出すように笑った。
「ははは、ごめんなさいね。もうおかしくって。まるで私には勝てないけれど、負けることもないと思っているような言いぶりね。あなたの顔からもわかるわ。相当自信があるようね」
再び彼女の足元に水が発生する。
物凄い魔力が彼女から放たれていることが魔力を感知できない私にもわかる。
今は彼女の足元を中心にして、小さな円周でグルグルと渦巻いているだけだ。
体外から放出される魔力の濃度があまりにも高いので、実体がある水として見えるのだとようやく理解ができた。
ただ、どうしても本物の水かのように錯覚してしまう。
発せられる気迫に足が竦む。私の恐怖心を嘲笑うかのように、先程のイルカたちが女性の両側から姿を現した。彼女のボディガードみたいだ。
「おもしろい、あなたの自信を確かめさせてもらおう! せいぜいすぐに負けてしまわぬように頑張りなさい」
さらに空気は重くなる。
ズッシリと海底に体を沈められているような感覚だ。息をすることすら苦しい。
「──
彼女は自分が海の魔女だと名乗る。足元で渦巻いていた水は一気に周囲へ解放されるように広がっていく。
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