第22話 わずかばかりの休息

 私は戦闘の緊張感から解放される。全身の力が抜けたような脱力感が体を襲う。地面に尻もちをつく形で座り込んだ。脇腹の損傷が酷く、呼吸が苦しい。近くの木に寄りかかろうと、腕とお尻を使って座りながら、這うように移動する。



「ネリネ大丈夫!!!」



 ネモネが木陰から走ってくる。私のことを心配しているようで、目には涙を浮かべている。私はネモネに手伝ってもらい、なんとか木に寄りかかることができた。



「──なんとか生きています。今から治しますので周囲の安全を確認していてくれますか?」



 ネモネは頷くと猛スピードで駆け出して行った。私はSentinelのモードを切り替えて、小さくデフォルメされたご主人様を顕現させる。



「リリーダイジョウブ、デスカ?」



 小さなご主人様は脇腹を抑えて、額に脂汗を浮かばせている私の姿を見る。顔を歪ませて不安そうな様子だ。



「大事には至っていませんよ。治癒魔法をお願いできますか」



 デフォルメされたご主人様は、虚空からから取り出した大杖を私に向ける。杖の先端と私の脇腹の患部が連動するように緑色の光を発する。私は深呼吸を繰り返して全身に酸素を巡らせる。



 数分程度でジンジンとした痛みは和らいでいく。その頃、周囲の安全を確認し終えたネモネが私の元へ帰ってきた。私の顔を見て安心したのか、顔を綻ばせる。



「すごいね。そんな魔法も使えるんだ!」



 ネモネはミニサイズのご主人様に魔法をかけられている、私の姿を見ると驚きの声をあげる。



「すみません。しばらく動けそうもないので、とりあえず今日はここで夜を明かしてもいいですか?」


「ダメだよ! あいつが戻ってくるかもしれないしすぐに離れた方がいいよ。あっちに小さな洞窟もあるからさ。そこで休もう!」


「そうですね。少し気が動転していました」



 手斧の男に限らず今の状態では敵と交戦などできたものではない。ここに残るというのは悪手でしかないだろう。ネモネが居てくれて助かった。


 少し脇腹を殴られた程度だ。思考を鈍らせていてはこの先を生き抜けたものではないと、自分に喝を入れる。



 私は治癒を中断させる。それから、スケートボードと盾3枚のモードに切り替える。ネモネの方を借りながら、なんとか二人でシールドの上へ乗る。彼の案内で洞窟へと盾を走らせる。









 相変わらずの背の高い草木たち。そんな彼らの助けもあり、誰かに遭遇することなく、目的地へと向かうことができた。


 人ひとりが、やっと通れるほどの大きさの穴に盾を通していく。穴を抜けると小さな空間が広がっていた。


 私は一番奥まで盾を進ませると、ネモネを地面に下ろす。自分は壁ギリギリの所でSentinelを解除してズルズルともたれ掛かる形でゆっくりと尻もちを付く。


 そして、治癒魔法を再開する。



「ネリネ、僕が色々と持ってくるから待っててね」


「くれぐれも気を付けてくださいね。何か危険なことがあればすぐに戻ってきたください」



 ネモネが食料や使えそうなものを取りに洞窟の外へ駆け出していく。











「ねぇねぇ、ネリネのお母さんってどんな人のなの?」



 他愛もない話を洞窟でしていると話題は、私のご主人様の話になった。



「とてもやさしい方ですよ。私のことを喜ばすことしか考えていないような人です」


「へぇー、僕のお母さんもそんな風に素敵な人なのかなぁ」


「きっとそうですよ」



 私はネモネの輝くような瞳を肯定したが、こんな無責任なことを言っても良いのだろうかという気分であった。


 私の本当の母親。8歳まで一緒に過ごしたはずの母親のことを、少しも思い出すことができていないのだ。


 どんな人であったかなど説明できるわけもなければ、素敵な人だと胸を張ることだって叶わないのだ。


 だが、ご主人様のことは、胸を張って素敵な人であると言うことができる。私の中で母親だといえる人はいつの間にかご主人様に変わっていたのだ。


 ご主人様のことを思い出すと決まって浮かんでくるのは、毎日一緒に囲んだ食卓の映像であった。ご主人様と一緒に食べるものは、いつも私が知らない食べ物であった。


ご主人様は私が初めて食べる時の表情をとても気に入っている様子だった。私に小動物を愛でる様な目線を送っていた。


 ご主人様の従者になってから、離れることなんて微塵も考えることがなかった。あの日々が恋しいのだ。私の料理をありがたそうに美味しそうに食べてくれる顔。一緒にゲームをした時の頭を悩ませている顔。眠りにつく時の幼子の様な顔。次々と色んなご主人様の顔が浮かんでくる。



「なんか楽しそうだね、ネリネ笑っているよ」


「ふふふ、そうでしょうか」



 私は両頬に手を当てた。


 今は会えない誰かを思い出す時には、悲しい顔を見せる人の方が多いのだろうか。私は何故だかご主人様のことを思い出すと嬉しくて顔が綻んでしまうのだ。


 私たちは人、二人がやっと。こじんまりとくつろげる程度の空間で肩を寄せ合いながら眠りについた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る