エリンギのおいしい食べ方【第一章完結】

第21話 手斧の男との再々戦

「ネリネ！　ほら見てあれがお城だよ」

　ネモネが指を指した方を見ると確かにとんがっている先っぽのようなものが見えた気がする。

　まだ視界を遮る草木のせいで本当にお城なんてものがあるのか信じることが出来なかった。

　ネモネが嘘をついていると思っているのではなく、密林の中にそびえたつお城のイメージが浮かばなさすぎて映像が見えて来ないのだ。

「たぶんネリネには──」

　ネモネが何かを言いかけた最中、私は横方向に強烈な重力を感じた。

　そちらを一瞬だけ見ると盾が2枚展開されていた。

　すぐにネモネを抱きしめて。

　受け身の準備をする。

　強靭な手斧を受け止めている盾からはグラグラと衝撃が伝わってくる。

　降りかかる重みに耐えることができずに私達は横に薙ぎ飛ばされた。

　木々とぶつかる寸前でSentinelが発動する。

　前を向くと一息つく間もない速さで手斧が飛んできた。

　2枚目の盾がオート防御により目の前で展開される。

　斧を弾くと天高く宙に舞う。

　その斧目がけて跳躍をしたのは大柄な獣人であった。

　はっきりと人物を視認できたわけではないが、幾度となく間近で見た得物により正体は判明する。

　三度目の手斧の男戦が幕を開けるのであった

　開幕一番の攻撃は斧を取るために跳躍をした男の方であった。

　空中で斧をキャッチするとそのまま私の方へ斧を振りかざしながら落ちてくる。

　真上から落ちてくる様はまるで隕石である。

「ネモネ。今回ばっかりは盾を預けられません。あなたのスピードを使って、離れていてくれますか」

　彼は頷くと姿を消すように走り去った。

　グオオォォという風切り音とと共に巨体は迫ってくる。

　私は落ちてくる男を盾で受け止めて弾き返す。

　昨日の男はこれでイチコロだったのだが、手斧の男はそうはいかなかった。

　しっかりと空中で勢いを殺して軽やかに地面へ着地して見せた。

　男は以前までと変わらず、黒い外套を羽織っている。

　男の攻撃方法は何度も見ている。

　大柄な体を生かした手斧でのパワープレイだ。

　武器の短いリーチを獣人の身体能力で補っているようで、距離を取ったところですぐに詰められて攻撃が振ってくる。

　前回まではルガティが前線を張ってくれていたので、私は盾での支援と不意打ちに徹することができたが、今回はその頼もしい狼はここにはいない。

　一人で相手の攻撃をいなしてはこちらの攻撃をいれなければならない。

　そうなると守っているだけでは勝目はない。

「Sentinel！ver.2.5.0 Shiled and Sword」

　攻守一体のモードへ切り替える。

　私は右手を彼の方へ向ける。

　それに連動して右側の剣先が彼の方へ向く。

　言葉など交わさなくても伝わるはずだ。もう3度目なのだ。

　男は同じく手斧をこちらへ向ける。

　私はそれを確認すると足に力を入れていつでも踏み出せるように準備をする。

　一瞬の踏み出しの遅れが命取りになる可能性がある。

ここは集中だ。

　静寂の時間が訪れる。

　息を飲むことさえはばかられるような緊張感が走る。

　ズザっという踏み込む音がする。

　男が地面を蹴ったのを確認すると私もすぐさま向かい打つように地面を蹴り上げる。

　剣を横薙ぎに構えて男に目がけて振り抜く。

　男はそれを手斧を振り下ろす縦の動きでピッタリと相殺する。

　その衝撃でガラ空きになった私の胴体に斧を振り下ろす。

　私は左手で盾を自分の正面に移動させて受ける。

　凄まじい衝撃が体に走る。

　飛びそうになる意識をなんとか保ち、三撃目を繰り出そうとする男の脚目がけて剣を振り抜く。

　男は横に飛び移り剣を避ける。

　私は息を吐き出して男を見据える。

　このままでは私はここでやられてしまう。

　何か策を考えなくては。

　そんな時間を与えてもらえるほど相手も愚かではないらしい。

　すぐに距離を詰めてくる。

　巨体ながらに動きが俊敏なので気がついた時にはとんでもない質量が飛んできている。

　私は盾を構えて受けることしか出来ない。

　どこかで剣を振りたいのだが手斧による連続攻撃にはまってしまっていて抜け出せない。

　受ける度に体は少しずつ後ろへ下がっていく。

　このピンチに誰かが駆けつけてくれればベストなのだが、そんな気配はしない。

　何とか自分で窮地を脱しなければならない。

　私は男が斧を上げて振り下ろすタイミングで、盾を左へ飛ばして男の左側にに思いっきり飛び込んだ。

　今まで男と私の間にあった盾がなくなることで、斧が私の体に届くまでの僅かな時間を稼ぐことに成功した。

　私は前転で着地の衝撃を和らげながら男の左側へ回り込む。

　すぐさま姿勢を戻して男の胴体めがけて剣を振りぬく。

　外套を切り裂いた一撃は脇腹にも届いたようで血しぶきが上がる。

　しかし、男は私の攻撃とほぼ同じタイミングで右足を踏み出して体勢を私に向けると斧を振り下ろしていた。

　その一撃は戻していた盾で受け止めたが、左側に迫る衝撃になす術はなかった。

「────」

　男が繰り出した左拳による打撃は私の右脇腹を捉えていた。

　私は打撃による痛みと横になぎ飛ばされた衝撃に声も上げることができずに血を吐き出しながら横転する。

　体に力を入れようとしたが、まったく入らなかった。

　ゆっくりと私に近づいてくる。スタスタという足音が聞こえてくる。

「だめー！　もう勝負はついたでしょー！」

　とてつもない速さで私の前に飛び込んできた人影があった。

「……あぶ、な、いです、にげ、て」

「やだよ！　約束したでしょ。一緒にお城に行ってご褒美もらうって。それでお母さん探すって！」

　男は私たちのやり取りを気にも留めない様子でネモネを私の前からどかそうと腕を振り上げた。

　私は最後の気力を振り絞ってネモネにシールドを展開する。

　完全に男の攻撃を受け止めることは出来ずに、残った衝撃は風圧となってネモネに襲い掛かる。

　パリンという盾が割れる音と共にネモネは吹き飛ばされた。

「っ──うわー！」

　男は私の前に立つと無造作に斧を振り下ろした。

　私は目を瞑り、振り下ろされる斧を受け入れるしかできなかった。

しかし、そう簡単には終わらせてはもらえない。

私の意識外からシールドは展開される。光輝く盾は斧を受け止めている。

Sentinelに備わっているオート防御によって男の攻撃は私に届かない。

「リリー、まだ諦めるのは早いですよ」

　そうご主人様に言われているような気がした。

　斧と盾が幾度もぶつかり合う中で私はゆっくりと息を吸い、吐き出して呼吸を整える。

おそらく右のあばら骨は折れてしまっている。

ズキズキと痛む脇腹を手でおさえながら少しずつ立ち上がる。

片膝立ちを経由してふらつきながら立つ。

　少し動いただけでも体には激痛が走る。

息をするだけでも苦しい。泣き言ならばいくらでも出てきそうだ。

　そんな自分をなんとか抑えては今も盾に斧を打ち付けている男をしっかりと見据える。

　男は私が立ち上がったのを確認すると後ろへ宙返りして距離をとる。

　私は何かを企んでいる彼に向かって高らかと宣言する。

「無駄ですよ。もう貴方に勝つことは諦めました。ここからは負けないための戦いです。私にこれ以上貴方の攻撃は通りませんよ」

　このまま攻めに転じずにSentinelのオート防御に任せていれば負けることはないという自信がある。

これは世界で最も優れた防衛魔法の使い手であるご主人様に施された魔法である。

世界で一番硬い魔法の結晶であるこの盾が破られるわけないのだ。

　男からの返事はなかった。

　しかし、私の言葉を受けて周囲の空気がピリピリと一変するほど、男からは闘気のようなものが感じられた。

　手斧を上段、肩に担ぐようにどっしりと構える。

　斧を持っていない左手は私の方へ向けられる。こちらへ狙いを定め斧を投てきする。

　私はSentinelに全幅の信頼を寄せるように相手のことを見据えたままじっと待ち構える。

　投げられた斧は私に近づくと姿を消した。

　盾が危険に反応して独りでに展開された瞬間に斧はけたたましい雷光を纏って姿を現した。

　手斧は周囲に電撃をまき散らしながら盾とかち合う。轟音が鳴り響く。

　私は思わず両耳を手で塞いだ。

　盾とぶつかり合う衝撃によって電撃が盾の内側に入り込もうとすると、Sentinelは私の周りを囲うように半ドーム状に変形する。本当に頼りになる。

　完全に斧の勢いを受け止め切った盾は斧をはじき飛ばした。

　雷の魔法。魔力を込めた攻撃。

電撃を纏わせた一撃は奴の切り札であったのだろう。

私に攻撃が防がれたことを確認すると、バチバチと黄緑色の発光を見せる右手からロープのような雷が伸びる。

私への攻撃かと身構えたが、雷の先は手斧の持ち手部分を捉えた。

男が綱を引き寄せる様に右腕を引くと手斧がロープの縮小と共に男の掌へと引き寄せられた。

　手斧が手中に収まると男は闇夜に消える様に姿を消した。

「に、逃げた？」

私は気の抜けた声を出した。