第20話 ネモネのしたいこと

 結構な速度を維持したまま、しばらくSentinelを走らせ続けている。これだけ聞くとどんな光景かわからないが、Sentinelを走らせているとしか今のこの状況を伝えられない。我ながら、とんでもない使い方をしていると思う。こんな使い方をしているとは流石のご主人様も想像ができないはずだ。そうであったら嬉しい。



「ねぇ、このまま進むと人間の村だよ。寄っていく?」


「人間の村があるのですか?」


「うん。ほとんどの人は捕まっているんだけど有益? な人間は村で生活しているよ。魔法とか教えてくれるんだ」


「へぇー、そうなんだ」



 なるべく平然を装ってはいるが、内心はとんでもなく驚いている。ネモネのいうことを信じるのであれば調査隊の生存者がそこにいるかもしれない。



「行ってみようかな」


「おーけー! 案内するよ。ネリネといると楽しいこと、たくさん起こりそう!」




 人間の村だという場所に着いた。一応、門もあって門番も立っているようである。門番には苦い思い出がたくさんあるので入るべきか悩んでいると、ネモネが「こっちこっち」と入り口の前までもう行っていた。



「ちょっと待っててくださいよ」



 私は走って門まで向かった。特に門番に止められる気配は無かった。ネモネを連れているからだろうか。そうだとしたら心苦しさがあるが、面倒なことをパスできたので素直に喜ぶことにした。



「ネリネー。来てきて。僕の先生だよ」



 ネモネに呼ばれて来てみた場所は学校のようであった。 彼の先生だという人物の元に姿を見せると、空気が一変した。



「ああ! ついに桃髪の女の子が村にきよったわ!」



 ネモネの先生らしい人間のあばあちゃんは私の手を取ると涙をこぼした。



「先生どうしたの。泣いてるよ!」


「ネモネがこの子を見つけたのかい? しっかり城主様の元へ送り届けなさいな」


「うん! そうするつもり!」



 周りにいた大人達も私の元へ駆け寄って来た。一気に人だかりが形成された。そして、思い思いに感謝の言葉を口にするのであった。









「ネリネ。人気者だったね」



 Sentinelを走らせながら、私は肩をぐるぐると回す。あの村から脱出するのに大分手間取ってしまった。もうすっかり日が暮れていた。日が暮れるということに感謝をする日が来るとは思わなかった。時間の経過が分かることがどれだけ安心することなのか身をもって知ることができた。精神を発狂させることを目的として、テクスチャの世界では太陽の概念がないのだとすれば製作者は相当性格が悪いと思う。



 村で分かったことがある。私のことを見て調査隊だと判別した者はいなかったので、あの村はずっと昔からある村だということだ。つまりは原住民ということだ。ここ5年でこの世界へ来た以前の調査隊はどこへ身を隠しているのだろうか。ネモネの言う通り、全員が城で捕らえられているのだろうか。いずれにせよ、私は城へ向かわなければならないのだ。



「ネモネ。もう夜も深いですし、どこかで体を休められる場所はありませんか?」


「うーんとね、あっちに大きい木があるからそこの根本はどうかな?」


「最高ですね。案内してください」


「りょーかい!」



 夜を越せればどうでも良かった。Sentinelを展開しておけば急な襲撃にも対応できるので、雨風さえ凌げる場所で有れば野営地を作る必要がないのはありがたいことだ。



「大きいどころではありませんね。これは世界樹か何かですか?」



 ネモネの案内で来た大木の根元。想像以上の大きさに圧倒された。星空の下で悠々と存在する大木にはとても惹きつけられるものがある。ルガティにも見せてロマンチックとは何なのかを勉強させてやりたかった。



「素敵な場所を知っているのですね」


「僕もここはお気に入りなんだ」



 私たちは大樹に寄り掛かるようにして睡眠を取ることにした。少し涙が出てきた。みんなはこの星空を見ているだろうか。もしかしたら、敵と交戦中かもしれない。そう思うと安心して休めたものではない。



「ネリネ。悲しいの?」


「はい」


「寂しい時は手を握るといいって教えてもらった」



 少年に手を握られる。おそらく相当力を抜いて握ってくれている。ちょうど良い力加減が私の心を少しだけ満たしてくれた。私は眠りについた。






 ♦


 城へ行こう作戦2日目である。


 ネモネの計算によると今日中には城へ到着出来るらしい。こればっかりは道中で何もアクシデントが起こらないことを祈るしかない。



「ネモネは何か欲しいものとかあるのですか」



 褒美を貰うことを楽しみにしている様子は何度もみてきたので、この少年は何が貰えたら嬉しいのかが気になった。



「うーんとね、お母さんかな!」


「ネモネさんのお母さんは近くにはいないのですか」


「うん。多分ずっと遠いところなんだと思う。見たことないからいるかも分からない!」


「私も実はここにお母さんを探しに来たんです」


「あ! そうなの。ネリネのお母さんもドジっ子だ!」


「ふふふ、そうかもしれませんね。でもネモネは強い子ですね。私は今もお母さんに会いたくて仕方がありません」


「僕も会いたいよ。いつもずっと会いたいよ。あのね城主様がね、教えてくれたの君のお母さんは穴の向こう側にいるよって」


「そうだったのですね」


「僕もいつかネリネみたいにお母さんを探しに行きたい。これはそれの練習。だからネリネは絶対にお母さんを見つけてね」


「はい。ありがとうございます」



 ネモネとの会話に救われた気がする。こんなに小さな子が、母と会えない悲しさや寂しさを抱えて生きているのだ。私もまだまだ頑張れるはずだと自分にムチを打つ。



「城主様はもしかしたら穴の向こう側へ行かせてくれるかもしれませんね」


「えーほんと! だったらすごいね。早く行こう」


「わかりました」



 私は少しだけSentinelのスピードを上げる。

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