第19話 マジでソロ調査

 空間の中はレインボーロードと表現するに値する道が広がっていた。前方に人影は見えない。何より一緒に入ったはずのルガティがいない。そのことに気がつくと、とてつもない不安感が押し寄せてくる。


走りながら振り返り、後方も確認するがライラックの姿は見えない。もしかするとそれぞれ出る場所が違うと言うことなのだろうか。あらかじめ、伝えておいて欲しいのだが彼女にも想定外の出来事なのかもしれない。それに、彼女は本当に来るのだろうか。


 来ても来なくてもやることは変わらないので、本当の世界への道を作ってくれただけでも感謝するべきなのだが、普通に戦力として彼女には頑張ってもらいたい。


 しばらく走っていると出口のような光っているものが見えた。私はそこから外に出る。一気に視界が広がった。そこはまるで密林のようであった。青々と生い茂る植物で視界は埋め尽くされている。大きな川が見えるわけではないので森の中とも捉えられるだろうか。


 何より体からヒシヒシと伝わってくるこの懐かしさは何なのだろう。こんな形の植物は知らないし見たこともないはずだ。私は生い茂る草木を掻き分けて仲間たちを探す。やっぱり側には誰もいない。


 一番戦力的に心配なのは私であると共に一番安全なのは間違いなく私の側なので、皆も私のことは最優先に見つけてくれるかもしれないという期待はある。だが、下手に声を出すと獣人に見つかってしまう危険性はある。どうやって探せばいいのやら。



「はぁ、これは本当の意味でのソロ調査が始まってしまったわけですね。いや一人ではありません。こんなに頼りになるシールドが3枚もいてくれるのです! 寂しくありません」






 突如として発生した陥没穴に飛び込んだら、突如として発生した密林に踏み込んでしまったネリネです。私は今シールドの一枚にスケートボードのように上へ乗る事で破格の移動性能を見出しています。さらには常時、私の周りには二枚のシールドが展開されているのでまさに速守一体です。



 嫌になるのはどれだけ進んでも生い茂る木々から逃げれないということだ。何も無い更地を進むよりか、多少はマシかもしれない。しかし、これはこれで視界が変わらないというキツさがある。早く誰かと合流したいという気持ちである。



 私が気持ちよく進んでいると左の方から弓矢が飛んできた。もちろん展開されている盾がオートで防御する。私はすぐにシールドから降りて草むらに身を隠す。弓矢が飛んできた方向を注意深く見張る。第一村人を発見チャンスである。獣人を見たら全てを投げ出して逃げるというのが、人間の子供の常識であるが今回ばかりはそうも言っていられないのだ。


 ザッザッと草木を踏み分けて進んできたのは子供の獣人であった。白い髪の毛に焼けた肌である。キラリと覗かせている犬歯が特徴的だ。手には弓を携えており矢を背中に担いでいるので、私のことを狙ったのは彼で間違いないだろう。


 彼の後をつけるか、彼を脅して情報を聞き出すかの二択である。だがどちらの策にも穴はあった。


 前者の場合は私が子供といえど獣人の走りに追いつけるかという点と、バレずに後をつけられるかという点だ。私は魔法で姿を消せるわけでも無いので厳しそうだ。


 後者の方はそこその速度で移動している私に目算をつけて放った矢が見事に命中しているという点だ。まだ脅して聞き出す方の成功率の方が高そうである。



 私の良いところは絶対的な守りにより、負けはしないということだ。前回はローズを守ろうとした為に痛手を負ったが、自分だけを守ればいいとなれば幾分ばかり自信がある。私は近づいてくる子供の直線上に姿を出して交渉を試みる。



「ねぇ君? 私迷ってしまったのだけど道を教えてくれないかな」



 突然飛び出した私にびっくりする様子もなかった。



「そこにいるのは分かってたよ。あなたは人間?」


「そうだよ」


「そのふよふよしているのはSentinel?」



 子供の口から私もよく叫ぶ彼らの名前が飛び出したので私は心臓を掴まれたみたいな衝撃に襲われる。声が出せなかったので私はうなづく。



「言い伝えがあるの。桃色の髪の少女が来たらお城へ連れて来なさいって」



 少年は矢をつがえて弓を構える。



「ちょっと待ってね。打っても当たらないんだけど。お姉さん逃げる気もないからそのお城へ連れて行ってくれない?」



 少年は私のSentinelを見るとそうだったと言わんばかりに口をあんぐりと開ける。



「うん、いいよ。ちょっと遠いけど、城主さんは優しいからきっと何か褒美をくれるだろうし」



 まだ小さいのに意外と現実的な思考をしたので驚いた。ともあれガイド役? を私は手に入れたわけだ。それより何で桃髪の少女、しかも人間に限定されているのだろうか。私は少年の後をついていく。



「ねぇ、お姉さん名前はなんていうの?」


「ネリネだよ」


「ふーん、僕はネモネ。ネリネとネモネって似てるね。こういうのは運命っていうの?」



 小さな子供に口説かれてしまった。



「ネモネくん。そういうことはきっと好きな子に言ってあげると喜ぶよ」


「えーほんと!?」



 可愛らしい反応である。獣人であれ人間の子供と何ら変わりはないなかもしれない。



「ネ、リネ、はどこから来たの。お空の穴から?」


「見たことあるの穴を?」


「うん、僕がもう少し小さかった頃に突然開いたんだって。僕は覚えてないけど」


「そうなんだ。お姉さんドジだから穴から落ちちゃって。帰る方法ってあったりするの?」


「えへ、ネリネ落ちちゃったの! 残念だね! でもね穴から落ちてきた人は今の城主様だけだよ。あとは侵入者? って言って見つかったら捕らえられちゃうの」



 衝撃の事実である。穴からではないと言ったらどうなっていたのだろうか。私は厳密に言えば穴からここへは来ていないので奇跡的に勘違いが噛み合ったわけだ。穴から落っこちたのが城主様というのはどんな伝説なのだろうか。本当にその城主様は穴から来たのだろうか。



「ねぇねぇ、ネリネ。最初に乗ってた乗り物! 乗りたい! あれなら速く! つく」


「あーあれね! いいよー」



 私は盾を寝かせてそこに飛び乗り目を輝かせているネモネの体を持ち上げて乗せる。



「落っこちないようにね」



 そのまま二人乗りの状態で前進する。



「わーい!」



 ネモネはご機嫌である。


 しばらく私達が進んでいると何者かが並走していることに気がついた。



「ネモネくん! 私に捕まってて! お姉さん人間だから優しくね。力抜いて」


「りょーかい!」



 ネモネに私の足にしがみつくように要求する。流石に全力で足を掴まれれば骨折ではすまないだろう。


私は速度を落として地面に着地する。ネモネを自分の後ろへ隠す。大丈夫だ。盾も3枚あるのでどんな攻撃が来ようと死にはしないはずだ。



 黒い外套を纏った者が近づいてきた。それを見つけるとネモネが近づいていった。



「ちょっと!」



 ネモネは私の静止を聞かずに外套の者とコンタクトを取った。



「あの子はネリネ。人間! だから僕が城主様の所に送るの! 城主様にいっぱいご褒美もらうの!」



 少年の純粋無垢な言葉を無視するように外套の者は拳を振り上げた。



「Sentinel!」



 私はネモネと男の間に盾を飛ばす。間一髪で間に合った。ネモネは尻餅をついてこちらへ首を回している。



「速く走っておいで!」



 私の指示を聞くと、物凄い踏みきる音と共に少年の残像が見えた。もう私の横にネモネは来ていた。



「走るのは得意なんだ!」


「──そうなのね」



 得意とかいう次元の話ではない。男は遠吠えをあげるとこちらへ突進してくる。私はネモネの前に一歩踏み出す。



「Sentinel!ver.2.5.1 Dual Shiled and Sword」



 私の新境地であった。二つのシールドと一つの剣を両脇に展開する。即座に一枚のシールドをネモネに付与して、右手を振り下げ剣で男の突進に対抗する。男の外套の破壊に成功する。中からは大男が姿を見せる。


 全身は茶色い体毛に覆われており、顔は犬顔。シルエットは人間と変わらない。


しかし、鋭い爪とぶっとく強靭な手足は自身が獣であることを主張するようであった。いざ獣人と対峙すると恐怖で足がすくんでしまう。



「争う気はありません。ただお城へ行ければそれでいいんです。案内役はこの少年に任せたので見逃してはくれませんか」


「何を甘ったれたことを抜かしやがるんだ。獣人の世界じゃなぁ、こんな歌があるんだ。人間を見たら首根っこ引っ掴んで食っちまえってな」


「私なんてきっと食べても美味しく無いですよ」


「そういう意味じゃねぇんだよ!!!」



 男は逆上して襲い掛かってくる。踏み込みの速度からして、明らかに地上に来ていた連中よりも弱い。光の剣の切れ味はもうわかっているので一撃浴びせられれば、この男を無力化できるはずだ。しかし、この少年の前でそれをやってしまえばこれから先の関係があったようなものじゃない。私は恐怖での支配などしたくない。であれば方法は一つこの男を気絶させるしかない。



「ネリネ。僕はここにいるから。やっちゃえー。喧嘩売ってやられるんなら文句ないんだよ。気にせずいけー!」



 いつの間にか木の上に登ったていたネモネから声が掛けられた。そういうことならいいのかな。



 いや良くないな。


 一瞬よぎった斬り伏せるという選択肢を消して、私は気絶させる方向性でいく。私は向かってくる男を横に飛んでやり過ごし、今度は高く飛んで上空からくる男に向けて盾を構える。



 男が盾とぶつかる瞬間に思い切り押し出した。すると、男の体がスーパーボールのように跳ねながら後ろの石へと激突する。衝突の衝撃により首をがくりと落として男は気を失ったようだ。


 大丈夫だよね。


 死んでないよね?



「ネリネの勝ち! 見た目は弱そうなのにネリネって強いんだね」


「ネモネ、見た目で決めるのは良くないことですよ。人間には残念ながらそう人が多いです。貴方はそうなってはいけませんよ」


「うん!」



 ネモネの元気の良い返事を聞き届けると私は盾のモードを切り替える



「Sentinel!ver.2.0.1 Shiled Skater」



 足元に寝かせた状態のシールドを一枚。自身の周りを守るシールドを二枚。先程開発した速守一体の形を記憶させたのだ。これですぐに使うことができる。



「わー! すごい」



 私とネモネは城を目指す。

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