第3話「一方的」

 私は、心の中で一万を数えた。周りの人たちには、自分を病院に連れて行ってと呼びかけた。声が出ているのかはわからないが、やれることはやった。後は、自分が病院についてから、病院の先生方に私の状況を伝えようと思ったのだ。

 ただ、いつ病院に着いたのかはわからない。だから、とりあえず一万を数えて、数え終わったら病院についたということにしたのだ。


 ”人は、感覚器によって時間を感じている”。一万を数えていると、改めてこのことを実感した。本当に早いのだ。


 私は今、”自分が生きていて、手足を動かすことができてる”ということを前提に考えている。もし、自分が手足が動かせていなかったのなら、その時はその時だ。



 私は、一万を数え終わった。病院についてということにしよう。私は、頭の中で、自分が病院についた様子を一生懸命に想像した。多分、今私は、検査か何かをされているだろう。そして、もしそうだとしたら、近くには、少なくとも一人以上、人がいるはずだ。ということは、ここで私が何か合図を出せば、もしかしたら伝わるかもしれない。


私はそう思い、なるべくはっきりと、こう言った。


「私には今、意識があります。ですが、何にも感じることができません。もしこの声が届いていたとしたら、どうか治してください。」


そして、もしかしたら音がうまく出ていないかもしれないと思ったため、どこにあるのかわからない手を使って、ジェスチャーでも同じことを伝えた。


 本当に、一方的なコミュニケーションだ。人は、コミュニケーションを取るときに、「相互シンクロニー現象」といって、多少なりとも体の動きが同期しているらしい。だが、そんなことが全くない今、これはコミュニケーションとはいえるのだろうか。


もしかしたら、これは私の、あの世での独り言になっているのかもしれない。


そして、私は、また一万を数え、ちかくにだれかを呼ぶよう指示をし続け、誰かがいることを前提に、私の近くにいる人に、あることを伝えた。それは、のちに私の生きがいとなりうるものだった。

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