第9話「友人と打算」

クリーム色の髪をハーフアップに纏めたシャーロットは、薄紫色のドレスを着て穏やかに微笑む。

にこにこと嬉しそうな顔をして、エレノアが文字を書き終わるのを待っている間、少しずつ紅茶を飲んではそわそわとメモを覗き込む。


「私タルトが一番好きですわ。苺が沢山乗った、真っ赤な宝石のようなタルトが」


今は互いの好きな菓子の話をしている所だ。シャーロットは面倒だろうに、エレノアが文字を書き終わるまで決して口を挟まず、見せられた文に普通に会話をするように返事をしてくれた。


普通に話せていればもっとスムーズにやりとりが出来るのにと歯痒いが、シャーロットは「楽しいです」と笑ってくれる。


こんなに良い人と出会えて本当に良かった。あのパーティーに参加して良かった、あの日の私偉いと心の中で自分を褒めながら、エレノアはまたせっせとペンを動かす。


その姿を見つめるシャーロットは、不思議そうにエレノアのペンを見つめる。手元をじっと見ている事に気付いたエレノアが視線を向けると、シャーロットはちょいとペンを指差した。


「そのペン、随分と年季が入っているように見えたものですから気になって…」


もう二年間毎日使っている。そういえばライアンにも同じような事を言われたと思い出し、少し剥げてしまった塗装を指先で突いた。


「ライアン・ブルックス様からの贈り物でしたわよね?」


こくこくと頷きながら、エレノアは大事そうにペンを握る。

その表情から、このペンがエレノアの宝物なのだと理解したのだろう。シャーロットはにっこりと微笑みながら手の中に納められたペンを見つめる。


「仲が宜しいのですね」

『幼馴染だから』

「その…兄が」


もごもごと口ごもるシャーロットに、エレノアは首を傾げる。兄といえばディランの事だ。彼がどうしたと言うのだろう。


「兄が、エレノア様の事を気にかけておりまして」


ちろりと向けられた視線にどう答えるべきなのだろう。

気に掛けていると言われてもその意味が分からないのだ。


「幼馴染と仲が良さそうに見えたから、もしかして婚約はしていなくても恋仲なのではないか、と」


それは無い。

ぶんぶんと顔の前で両手を横に振り、ついでに首も振ってやった。

ちょっとこの間不思議な事があったが、断じて恋仲などでは無い。


「最近教会でエレノア様と一緒になる事があると聞いております。兄はお話出来るのが嬉しいと…その、浮足立った様子で屋敷を出て行くのです」


どういう関係なのだ、何をしているのだ。そう問いたげな目に見えた。

シャーロットの紫色のようにも見える不思議な色の目。咎められているような気さえする程、彼女の目は真直ぐエレノアを見据えている。


『子供たちに文字を教えているの』

「はい、そう伺っております」

『ディラン様は、子供たちと一緒なら文字の練習をしても良いかもしれないと』

「兄がですか?そのような事を?」


目を丸くするシャーロットが、考え込むように口元に手を持って行く。

まさか…と小さく漏らす意味が分からない。


「兄は机に向かうよりも、森に狩りに出るような人です。まさか文字の練習をする為だけに教会に…?」


あり得ない。そう眉間に皺を寄せ、シャーロットは冷めてきた紅茶をくぴりと飲み下す。

黙り込んでしまったシャーロットにどうすれば良いのか分からず、エレノアは会話をしようとまた文字を綴った。


『ディラン様、狩りが好きなの?』

「ええ、兄は狩りが得意なのです。ウサギとか、鳥なんかをよく持って帰ります」


それを捌いて食卓に並べるのだと言うシャーロットに、エレノアは目を瞬かせる。

父も時々狩りをするが、それは所謂付き合いというやつで、獲物を持って帰ってくる事はあまりない。珍しく持って帰ってきた時だけ、料理人が適切に調理をして食卓に出されるのだ。


『すごい』


小さく拍手をしながら見せるメモに、シャーロットは複雑そうな顔をする。生き物の命を奪う事を良しとしていないのかもしれないが、きちんと供養して残さず食べているのなら、誰もが生きる為にやっている事だ。


エレノアだって、狩りこそしないが普段から肉も魚も食べている。柔らかい子羊の肉は好物だし、小骨の一本も残さず処理された魚はエヴァンズ家のシェフ自慢の一品になったりもするのだ。


「褒められるような事では…」


また言葉を詰まらせるシャーロットが何を言いたいのか分からない。

だが、何か思いついたのかエレノアに視線を向けると、また口を開いてくれた。


「友人としてではなく、ディラン・バーンズの妹としてエレノア様にお聞きしても宜しいでしょうか」


なあにと小首を傾げるエレノアに、シャーロットはテーブルに身を乗り出して真直ぐにエレノアを見つめた。


「兄の事を、どう思われますか」


至極真面目な顔をして何を言うのだろう。

どう、と言われても、良い人だなあといった印象しかない。あわよくば愛してくれれば、呪いを解いてくれたらという下心はあるが、今の所子供たちを相手に一緒になってペンを握っている時間を楽しむ友人といった間柄。


それをどう説明すれば良いのだろう。そもそもシャーロットが聞きたいのはそういう事で良いのだろうか。

悩んだ結果、エレノアが書いた文字は簡単なものだった。


『良い方だと思う』


その文字を読んだシャーロットは、もどかしそうな顔をして小さく唸る。

どう聞けば良いのか考えているのか、また黙ったシャーロットの顔をぼんやりと眺め、「綺麗な瞳だなあ」なんて考えているエレノアに、シャーロットはまた質問を投げた。


「どう思われますか」


だから何がだ。

困り顔を向ければ、あたふたしながら言葉の意味を補足しようとあれこれ言葉を紡ぐ。


要点だけ纏めてしまえば、年頃の男女なのだから、所謂恋心というものは芽生えたりしないのか、という内容だった。


『素敵な人だと思う』


そう返したエレノアに、シャーロットは少々興奮したような顔を向ける。


『でも私こんなだから』

「とんでもない!エレノア様は素敵な方ですわ!」


声を張ったシャーロットが、申し訳ありませんと小さく詫びてこほんと咳払いをした。

落ち着こうとしているのか、また紅茶を一口飲むとじっとエレノアの顔を見つめる。


「恐らく兄は、エレノア様に好意を持っていると思うのです。妹の勘でしかありませんが」


成程。

きっと声が出せればそう呟いていた事だろう。家でのディランがどういう男なのか知らないが、最近の兄の様子とエレノアと過ごしている事、エレノアとライアンの仲を案じている事等を纏めた上で出した結論が「兄はエレノア・エヴァンズに恋をしている」というものらしかった。


「もしもエレノア様がお姉様になってくださったら、とても素敵だと思うのですけれど…いいえでもそんな恐れ多い事…」


ぶつぶつと呟く声が聞こえるが、シャーロットは頭をフル回転させている最中なのか、エレノアが困り顔をしている事にも気付かない。


だが考えてみればこれはチャンスだ。あわよくば、が叶うかもしれない。

このまま仲を深めていけば、もしかしたら十八の誕生日どころか、もっと早くに呪いは解けるかもしれない。


バーンズ家というのがどういう家なのかよく知らないが、少なくともディランという男に悪い印象は無い。


子供たちへの態度も良いし、なんなら面倒見も良いと思う。

文字は少々悪筆だが、これから練習していけばマシになるだろう。狩りが得意なら運動もそれなりに出来るだろうし、容姿も文句は無い。


今の所優良物件。打算的で非常に申し訳ないが、ディランが好意を持ってくれているのなら、お願いだからそのままアプローチしに来てほしい。


「いえ…でもブルックス様がいらっしゃるし…」

『おさななじみ!』


大きく普段よりも乱雑になった文字をシャーロットに見せ付けると、エレノアはにっこりと微笑んでまた文字を書いた。


『嬉しい』


大きく乱雑な文字の下に書かれた、いつもの滑らかな文字を読むと、シャーロットはゆったりと微笑んだ。


「兄が奥手でないと宜しいのですが」


是非妹としてせっついてくれ。

それを言わず、書きもせず、エレノアは小さく微笑みながら焼き菓子を口に放り込んだ。

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