第158話俊哉、対決する

今日は三洋商事のイベント、講演会だ。管理職は全員参加の決まりがある。外部講師が講演する。今回は女性の社会進出の諸問題と言う内容だ。三洋商事でも女性の管理職は居る。しかし数は男性に比べるとまだ少数だ。講師はフェミニズム運動家で有名な女性だそうだ。俊哉と浩一郎は揃って参加した。


「御社では多様化を早く取り入れた革新的な会社だと存じております」


そうして講義が始まった。しかし俊哉にとって退屈な内容だった。どこかで読んだような内容、男性に対する問題点をつらつらと話す。隣の浩一郎はあくびを押し殺していた。


「俊哉、眠たくてしかたがない」


「しっ、聞こえますよ」


三洋商事の講義室は主に三ツ谷会長の経営方針を発信するために用意された場所だ。壇上は全ての参加者が目に付く高さに作られている。


「そこで今、あくびを押し殺した方、お立ちください」


講師は浩一郎の挙動を見逃さなかった。


「マイクをあの方にお願いします」


浩一郎を吊るし上げられる形になった。他の管理職者は自分が当てられなくて良かったと胸を撫でおろした。


「所属と氏名をどうぞ」


「総務部の高坂です」


「高坂さん、退屈しておられたようですね」


講師が浩一郎に議論を持ちかける。


「高坂さんは自社に女性管理職が少ない事についてどう思われますか」


浩一郎は素直に応じた。


「はい、それは問題です。しかし実際、管理職になりたがらない女性社員が多いのも事実です」


「それは女性社員の男性に対するルサンチマンではないですか」


「それは否定できないですね」


浩一郎は続けた。ルサンチマンとは哲学者ニーチェの造語で、強者に対する弱者の嫉妬を意味する。


「それを取り除いて客観的にならないと男女の差は埋まらないとは思いますが」


浩一郎はこんなつまらない議論は嬉しくない。


「高坂さん、ありがとうございます。どうぞお座りになってください」


そして講師は隣の俊哉を指名した。


「それではお隣の綺麗な女性の方、お立ちください」


俊哉は立ち上がった。


「お名前をどうぞ」


「高坂です」


「ではお隣の方と結婚されているのですね」


「はい、夫婦です」


「それにしては声が女性にしては低いですね」


「はい、元は男でした」


まあ、と講師は驚いた。


「それではあなたは男性じゃないですか」


「いえ、性転換手術も受けましたし、戸籍変更して女性になりました」


「そうならばあなたは女性ではないですね」


「いえ、私は女性と性自認しています」


「あなたは生物学的にも男性です。お話にもならない」


俊哉は抗議した。


「何故そのような結論に至るのでしょうか」


講師は続けた。


「高坂さんは女性でも男性でもありません。論外です」


「論外とはどういう事ですか」


「あなたは男性側の立場です」


「そうしてステレオタイプに決めつけて否定するつもりですか」


「ではあなたは女性用のトイレに入るのですか」


「いえ、男性用に入ります」


「わかりました。あなたは女性としての個性を獲得しつつ男性としての能力を発揮して管理職になったのですね」


「その発言は撤回してください」


俊哉は冷静に反論した。これは三洋商事の女性社員との対決だ。その時、浩一郎が立ち上がり、俊哉からマイクを奪った。


「あなたの言動は感情的で、差別的です。これ以上の議論は結論に至りません。もう終わりにしてください」


浩一郎がそう言うとやれやれと講師は大袈裟な態度で議論を止めた。その後の講義は俊哉も浩一郎もよく覚えていない。怒りに似たものを心に持っていたからだ。


「この講師は2度と呼ぶな」


最後列に居た三ツ谷会長は秘書にそう伝えた。会長は立ち上がり、会場を去った。

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