第155話紫苑、プロになる

「浩一郎さん、最近の紫苑、どう思いますか」


俊哉は浩一郎さんに聞いた。


「紫苑がどうした」


「ずっと囲碁ばかりで女の子らしいお洒落にも興味無いし、学校から帰って来たらずっと碁盤の前に座ってるわ」


「あの年頃で夢中になれるものが有るのは良い事じゃないか」


浩一郎さんはあまり気にも留めていないようだ。


「そういえばプロ編入試験はどうなっているんだろうな」


「今日も日本棋院に行ってます」


紫苑は対局中だ。勝敗は14勝1敗、成績トップである。


「くそ、紫苑の奴、強いな」


「あいつの勝負手が鋭すぎるんだよ」


「師匠にも平手らしいぜ」


「それにしても強すぎるよ」


他の院生は紫苑をそう評価している。紫苑の碁は戦いの碁で、序盤から攻めの棋風きふうである。対局相手の思惑を外して自分のペースに持ち込む。


「ありがとうございました」


対局が終わった。紫苑の昇段が決まり、プロ入り確定となった。日本棋院は大騒ぎになった。最年少で最初の女性棋士である。ここで説明しておくと囲碁のプロは女流棋士と言うプロ枠がある。そちらは女性のみ認められていて、プロの棋戦に参加できるが、紫苑がプロ入りを決めたのは男性が中心のプロだ。だから女流棋士ではなく、女性棋士なのだ。これには大騒ぎになった。囲碁界の大ニュースである。マスコミもニュースで取り上げた。カメラのフラッシュが紫苑は苦手だった。紫苑は可愛らしい少女である。見た目も良いので格好のニュースになった。


「女性プロ初めてのプロ棋士誕生」


「美少女のプロ棋士誕生」


夜のニュースでも話題になったが高坂家ではテレビが無い。新聞も英字新聞である。だから俊哉も浩一郎もその事に気が付かなかった。夕食時、初めて紫苑が2人に報告した。


「お父さん、お母さん、私プロ棋士になれたよ」


「そうか!おめでとう!」


俊哉も浩一郎も喜んだ。


「よし、今日はお祝いに寿司を食べに行こう」


「いつもの晩御飯で良いよ」


そうか、と浩一郎は言った。浩一郎は紫苑の感情の起伏が少ないのを心配していた。普通なら大喜びしてもおかしくない事なのに。


「紫苑、なんだか嬉しくなさそうだな」


浩一郎が紫苑に尋ねると


「もっと良い碁が打てたはずなのに打てなかった」


反省しているのである。


「紫苑、そう言う時は喜んで良いんだよ。プロなんて凄いじゃないか」


「そうそう、もっと喜んで良いのよ」


俊哉と浩一郎はそう声を掛けた。


「でもプロには強い人が沢山居る。今のままじゃ勝てない」


俊哉は紫苑の自己肯定感の低さに心配していた。人間には成功体験が必要だと思っている。プロになりたくて努力している人も沢山居る。その中で成績を残したのに紫苑は満足していない。紫苑が努力家だというのはよくわかっている。しかしこの冷静な紫苑の態度には気になった。紫苑は学校が終わると友達とも遊ばずに真っ先に師匠の家に行って碁を打っていた。7歳ならそれなりに楽しい事も多いはずなのに紫苑は囲碁に自分の居場所を求めたのだ。それはまるで求道者である。子供にしてはストイック過ぎる。俊哉は心配だった。


「今日はカレー?」


紫苑は俊哉に聞いた。


「お父さんのカレーだよ」


「お寿司なんかよりお父さんのカレーが良い」


「よし、今日は明日のトンカツを乗せてカツカレーにしよう」


「わあ、ご馳走だ」


紫苑が笑顔になった。紫苑にとって何よりのご馳走は俊哉と浩一郎の作る料理なのだ。

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