第154話中村の悩み

中村は常に悩む性格である。総務部で働く中村は自分の容姿にコンプレックスを持っていた。骨格ががっしりしていて女の子らしくない。ゴツゴツとした手はマニュキアが似合わない。部員はそんな事は気にしていない。しかし中村は気にしている。


「田宮主任、ご相談があるんですが」


「良いよ。わかった。仕事が終わったらカフェでも行って話を聞こうか」


「よろしくお願いします」


2人は帰りにカフェに寄った。2人ともケーキセットを注文した。


「ところで相談ってなんだい?」


「私、体格が男らしくて自分が嫌いなんです」


そうか、と俊哉はカフェオレを飲んだ。普段は大人しい中村の事だ、よほど悩んでいたに違いない。


「服もサイズが合わないし、メイクも頑張っているんですが理想には程遠いんです」


「それは私も同じだよ」


「いいえ、田宮主任は女の子です線も細いし女の子です」


「中村。それは人それぞれ持っている悩みだよ」


中村はトランスジェンダーとして自覚したのは高校生だった。骨格はもう自分では変えられなかったし、男として振る舞って過ごした。


「ホルモン治療はしているの」


「はい、しています」


「でも総務部ではみんな中村を女性だと思っているよ」


「それは社交辞令ですよ。やっぱりルックスが全てなんだなって思います」


「中村はそのままで良いと思うよ」


俊哉がそう言っても納得していない様子だ。


「トランスジェンダーって色んな人が居るよね。男として生活していても性自認は女という人も居る」


「それはわかっているんです。でも自分は自分を認められません」


中村はボブカットの髪型で、スカートのスーツだ。ロッカーで着替える余裕が無かったのだろうか。


「なかなか悩みが深いね」


「田宮主任を見ていると何だか自分がみじめになります」


中村は考え込んでしまうタイプだな、と俊哉は思った。仕事でも中村は慎重で、確実に仕事をこなす。俊哉は中村を評価している。


「中村。人間は与えられた場所で与えられたものを許容するしかないんだよ。実際、中村は女性だよ。それは自覚しても良い」


中村はぽろぽろと涙を流した。


「私は両親から絶縁されました。だから1人で頑張って来たんです。でもずっと頑張れるか自信がないんです」


「じゃあ私と頑張ろう」


「田宮主任は結婚もして女性と認知されています。とても私とは違う」


「そんな事はないよ。私も中村と同様、悩んでいる」


俊哉は養子とした紫苑の事を語った。紫苑は俊哉を、自分の母親を男だった事を知っている。


「実はね、養子を迎えるまではずっと悩んでいた。私が母親になれるか。でもそれってみんな、勿論女性も悩んでいる事だったのよ。ただ私達トランスジェンダーは人より少し悩み事が多いってだけの事だよ」


中村はハンカチで涙を拭いながら俊哉の話を聞いていた。


「だからね、きっと必ず中村を受け入れてくれる人が現れて、幸せになるよ。それは私が保証するよ」


ケーキも食べようと俊哉は言った。


「このガトーショコラ、美味しいね」


「はい、美味しいです」


「悩みがあった時はうんと甘い物を食べると良いよ。カロリーが気になるけど」


ケーキを食べ終えて俊哉は言った。


「私はね、悩みがあった時は世界中で同じ悩みを持っている人を想像するんだ。そうするときっと沢山の人が同じ悩みを抱えながら生きていると思うの。そうすると少し気が楽になる。そうしていると時間が経つと大きかった悩みもどんどん小さくなる。だから中村、悩むな。どうしても聞いて欲しかったら私が聞くから」


中村はありがとうございます、と言った。


「ほら、泣いちゃうからメイクが崩れちゃったじゃない。化粧直ししてきなさい」


中村はきっと強くなれる人間だと俊哉は信じている。

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