第151話俊哉とフェミニズム
「ねえ、このシンポジウム行ってみない?」
涼子がお昼休み、いつもの3人にパンフレットを見せた。
「どれどれ」
みんなで回し読みをした。テーマは女性の社会進出だ。俊哉の知らない人達ばかりだ。
「ねえ、私達、女性なの」
「そう言われるとそうよね、まあ女性としては扱われているけどね」
4人で出掛けるのは久しぶりなので参加する事にした。
「確か場所はここだね」
4人は会場に着いた。参加費は無料だ。
「タダだから来たって言うのもあるわね」
早めに会場に入ったので席は最前列だった。続々と人が入って来る。会場に居る人々はもちろん俊哉達がトランスジェンダーだとは気が付いていない。年齢層はばらばらだ。
「ねえ、帰りどこかのカフェに寄りましょうよ」
加奈子が言った。
「もう始まるよ」
会場が静かになった。パネリストと司会が壇上に上がり、ディスカッションが始まった。
「先進国では日本女性の社会進出は進んできましたが、管理職や幹部の割合はまだまだ少数に過ぎません」
大方こう言った内容で始まった。最初は熱心に聞いていた4人だが、退屈になってきた。加奈子は露骨に居眠りを始めた。
「ちょっと、加奈子を起こしなさいよ」
「加奈子は仕事の疲れが残っているのよ」
俊哉は多忙な加奈子を誘って可哀想だなと思った。パネリストの主張が正当なものだとは俊哉も思う。しかし何か物足りない感じがする。なぜだろう。質疑応答の時間になった。司会は質問が無いかを会場に聞いた。俊哉は手を挙げた。俊哉にマイクが渡された。
「今回の講演は非常に有意義なものだと考えています。確かに女性の管理職、幹部役員などの要職に就任する女性は少ないです。しかし私の勤める会社では女性の社員は
何故か管理職に進んで希望する女性は少ないです」
「ちょっと待ってください。貴女、女性にしては声が低いですね」
「はい、トランスジェンダーです」
俊哉は正直に言った。会場がざわついている。パネリストが言った。
「あなたは厳密的に言うと生物学的には男性です。ですからこの講演に関してはトランスジェンダーは対象ではありません」
「それはおかしくないですか」
加奈子が俊哉からマイクを奪って意見を言った。
「確かに生物学的には男性かもしれませんが私達は性同一性障害に苦しんで性転換をしました。ですから女性と認識されて会社で働いています。それがどうして対象外なんですか」
会場がどよめいている。
「トランスジェンダーの方には理解できないでしょうね。退室していただいて構いません」
その言葉をパネリストから聞いた4人は立ち上がり、会場を出た。
「何よあのパネリスト。性差別者じゃない」
加奈子は憤慨している。
「講演は有意義なものだったけど、最後に全部台無しになっちゃったね」
涼子は冷静だ。
「けどこれではっきりした。三洋商事は公平な会社よ」
「そうよ、そうよ。会社では私達活躍してるわよ」
彩も不機嫌になっていた。
「でも理路整然と講演は進んだけど、何か問題点を見ないで話を続けていたわ」
「女性男性両方のパネリストを用意するべきだったね。女性だけでは男性についての理解ができないわ」
帰りに入ったカフェでも4人は議論をした。
「でもさ、男性の長所を持っている私達って優秀じゃない?」
俊哉にはその意見にも賛成できない。私達トランスジェンダーの問題はもっと絡み合っていて複雑だ。感情理論では説明できない。これはもっと議論されるべき問題ではないかと思った。これは本当に難しい問題だ。もっと広い視野で議論されるべきだ。フェミニズムだけではない。多様性の問題だ。でもまあ無料だったから良いか。4人は議論にも飽きて居酒屋に行く事にした。
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