第150話ピクニック

「紫苑、明日は確か院生は休みだったな」


「うん、休みだよ」


「じゃあピクニックに行こう」


俊哉と浩一郎は紫苑を誘ってピクニックに行く事にした。普段、小学校から帰って来ると部屋に閉じこもり、碁盤に向かっている紫苑を気に掛けての事だった。


「碁の勉強がしたいよ」


「頑張り過ぎは良くない。たまには息抜きも必要だ」


半ば強引に誘う。それは父浩一郎の気遣いであることを紫苑は知っているので嫌がらない。たまには外の空気を吸うのも良いかもしれないと紫苑は思った。


「よし、準備はすぐにできるぞ」


浩一郎は大きなトートバッグに荷物を入れた。行き先は近くの河川敷だ。俊哉と浩一郎は釣りで訪れている。


「紫苑ちゃん、たまには良いものだよ」


俊哉もそう言った。3人は河川敷に来た。河川敷と言っても小さな川の斜面だ。桜並木が有名な場所だが秋でも赤くなった桜の木の下も良いものだ。浩一郎はレジャーシートを敷いて3人で座った。俊哉は水筒に入れたコーヒーを3人で飲んだ。紫苑は砂糖とミルクの入ったコーヒーが大好きなのだ。日差しは秋の日差しですでに何組かの先客が居る。


「みんな考える事は同じだな」


ごろりと浩一郎は寝転んだ。


「気持ち良いぞ。紫苑も寝転んでみろ」


紫苑は浩一郎と同じように寝転んだ。秋空が高い。そう言えば碁盤ばかり見つめていたから空を見ていると気持ちが良い。


「紫苑、成績はどうだ」


「3段リーグで1位」


「凄まじいな、紫苑は。強すぎる」


俊哉は浩一郎と紫苑のやりとりを静かに聞いている。


「紫苑、頭の中で詰碁してないだろうな」


「なんでわかったの」


「紫苑の考えている事は予想できる」


浩一郎はくだらない話をして俊哉と紫苑を笑わせる。仲の良い家族の風景だ。


「見ろ、紫苑。あの空を見ると自分の悩みなどくだらないものだろう」


浩一郎はそう言うと紫苑は


「院生のみんなは人生を賭けて戦っている。こんなに呑気にピクニックなんてしている時間は無いんだけど」


「それじゃあ気分転換できないじゃないか。こうして息抜きも必要だよ」


俊哉と浩一郎は家庭訪問で紫苑の小学校での態度を聞いている。成績は優秀で、休みの時間は囲碁の本を静かに読んでいる。それを聞いた浩一郎は少し心が痛んだ。自分が囲碁を教えたばかりに紫苑は自分の将来を賭けて囲碁に挑んでいる。紫苑の部屋の本棚は囲碁の本ばかりだ。全然女の子らしくない。囲碁を打つからだろう、目も悪くなった。眼鏡をしている。


「お母さん、良いかい」


浩一郎は俊哉に言った。


「今日は特別だよ」


浩一郎はカップラーメンを取り出した。災害時の避難用のストックだ。俊哉は身体によくないとインスタント食品を嫌っている。ジェットボイルでお湯を沸かし、ラーメンに注いだ。


「さあ3分間待つんだ」


みんなでラーメンを食べた。秋空の中で食べると何でも美味しいものだ。


「美味しい」


紫苑も麺をすすっている。


「だろう?美味しいに決まっている」


3人仲良く食べた。その後はお喋りで時間を過ごした。浩一郎はくだらない駄洒落で俊哉と紫苑を笑わせる。それは自分の若い頃の失敗談だったり、仕事であった事など様々だ。


「じゃあそろそろ帰ろうか」


浩一郎は手早く荷物を片付けた。


「お父さんはそういう事、手際が良いよね」


「お父さん、自衛隊で幹部だったのよ」


紫苑は驚いた。


「ねえお父さん、自衛隊のお話聞かせてよ」


「良いよ。家でゆっくり聞かせてやろう」


河川敷を後にして紫苑は思った。行き詰ったらこの河川敷に来よう。

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