第106話田宮主任

総務部の掲示板に昇任人事が発表された。俊哉が主任、浩一郎が係長補佐。その上の役職はそれぞれ上に繰り上がった。


「今日から主任になりました。これも皆さんのおかげです。至らぬ所もあるかもしれませんがよろしくお願いします」


部員が拍手した。多くの部員は俊哉に助けられた事も多く、俊哉の昇任に好意的な部員も多かった。


「しかし可愛い主任の誕生だな。男だけど」


「隠れファンも喜ぶぞ」


三洋商事には俊哉の隠れファンクラブが有る。今回の昇任もファンにとっては朗報である。


「おい聞いたか、田宮さんが主任に承認したぞ」


「らしいな。推しの昇任は嬉しいニュースだぜ。俺も田宮さんの部下になりたい」


田宮を隠し撮りした写真はファンの間に広まっている。黒髪の俊哉の仕事中の写真や退勤の時の姿だ。


「でもさ、トランスジェンダーの社員はみんな可愛いし綺麗だよな」


「ああ、普通の女より女らしい」


「努力しているんだろうな」


総務部の仕事が終わり、昇任の歓迎会が行われた。と言っても部内で行われるささやかなお祝いだ。ちなみに俊哉は酒が強い。ちょっとやそっとでは乱れない。


「田宮さん、昇任おめでとうございます。良かったら記念にいっしょに写真をお願いします」


「良いよ」


俊哉は部員と写真を撮った。思い至らぬところだろうが隠れファンに違いない。歓迎の雰囲気で歓迎会はお開きとなった。


「田宮主任、おめでとうございます」


浩一郎さんが帰り道うやうやしくお祝いの言葉を言った。


「浩一郎さん、この休日は業務の申し送りをみっちり教えてもらいますよ」


「ああ、教えるよ」


2人は帰宅して入浴して早々に眠りについた。


翌日。朝から申し送りを俊哉は浩一郎さんから教えてもらった。


「これから出張もある。でも気にする事はない。俊哉ならできるさ」


「はい、頑張ります」


「俊哉は真面目だし、責任感も強い。でもな、手を抜く事も大切だぞ。部下に振るべき仕事はしっかりやらせるんだ。堂々とデスクに居るだけで良い」


申し送りの書類は社則で持ち出せないので口頭で俊哉は浩一郎さんから教えてもらうのをノートに書き留めた。


「まあ大体はこんなところだ」


「ありがとうございます」


「主任業務はそれほど難しくはない。ただ、部員のミスはしっかり指摘しないといけない。それが本来の主任の仕事でもある」


管理職の大きな仕事は部下の仕事に責任を持つという事だ。それはどの部署でも同じ事だ。


「1番大切な事は堂々としていること。そうすると部下も安心して仕事ができる」


可愛い俊哉が堂々としているのもミスマッチで可愛いな、と浩一郎は思った。この小さな主任を浩一郎はフォローするつもりだ。


「俺も係長補佐になった。でも仕事で困った時は何時でも聞いて良いからな。遠慮は無しだぞ」


「はい、高坂係長補佐」


浩一郎さんが係長補佐になったのも業績を認められての昇任である。順調に出世街道を歩んでいる。俊哉が主任になったのは総務部にとって大きなニュースだったが、浩一郎さんが係長補佐になったのも大きなニュースだ。浩一郎さんの他部署への異動も噂されていたからだ。浩一郎さんはこれから上司と部下に挟まれて悩む事も多くなるだろう。それを心配している事を浩一郎さんに伝えると笑って


「俊哉、心配するな。もう慣れっこだよ」


歓迎会の2ショット写真はすぐに隠れファンの間に広まり、話題になったのは俊哉も知らない事だ。

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