第105話波乱
「おい、聞いたか、昇任人事の噂」
「ああ聞いた。田宮が主任だってな」
「俺達だって頑張ってるのにな」
総務部の部員は田宮の昇任の話題でもちきりだった。
「いくらなんでも昇任は早すぎない?」
「でも仕事投げてもあっという間にこなすから、仕事の出来は良いからそこが評価されているんじゃない」
女子部員も給湯室で話題にしている。人事はすぐに話題になる。しかしどこから情報が漏れたのか、毎度この手の話題には浩一郎もうんざりしている。
「高坂主任、お話が有ります」
「なんだ、滝川」
2人は会議室へ入った。それは浩一郎の配慮で、他の部員に話を聞かれないためだ。
「じゃあ話を聞こうか」
「田宮の昇任についてです」
「何が問題なんだ」
滝川は総務部でも古参の部員だ。突出して仕事ができるわけでもなく、ただ普通に仕事をしている人間だ。噂話が好きでいじめもしていると浩一郎は報告を受けている。
「これは会長の命令だ。滝川もこの会社の
「はい、知っています」
「滝川達古参の部員が仕事を後輩に丸投げしていると聞いているがいったいどんな仕事をしているんだ」
「それは新人教育のためです」
「黙れ」
浩一郎は静かに、怒りを込めて言った。
「滝川、お前達の陰湿な嫌がらせでどれだけ優秀な部員が休職や退職においこまれたか知っているか。俺はすべて把握しているぞ」
滝川は黙っている。
「俺は優秀な部員は守っていく。他人の足を引っ張るような人間が昇任できると思うなよ。話は以上だ。職場に戻れ」
浩一郎は席を立った。くだらない時間の無駄だった。デスクに戻ると浩一郎は仕事に戻った。今回の昇任の事は不満を持っている者も居るだろう。しかし三洋商事は長年勤務しているだけで昇任できるほど甘い会社ではない。浩一郎は俊哉を見た。俊哉は神崎達と会議の資料作りに奔走している。俊哉はフットワークが軽い。仕事に追われる人間ではない、仕事を追う人間だ。三洋商事の理想に近い。もちろん俊哉も人間だ。ミスもある。しかし根性があるので叱責を受けた所で折れない。
翌日、滝川を含む3人が退職願を係長に提出した。主任の高坂に報告せず、直接提出したと言う。しかし係長もこの古参部員の扱いに困っていたので渡りに船だろう。もちろん話題はその辞職願に集中したが、手を焼いていた部員は多く、心の中で喜ぶ部員も居た。もちろん仕事ができないためだ。係長は課長に報告し、その話を聞いた部長も辞職願を受理した。
「やれやれ、オカマの上司を持たずに済むわ」
大声で滝川は言った。俊哉もそれを聞いている。
「田宮さん、滝川さん酷いっすね」
神崎が言った。
「私は気にしていないわ。事実だからね。さあ、会議の資料作成も大詰めよ。頑張りましょう。ダブルチェックを忘れずにするように」
こうした仕事も滝川は立場の弱い後輩に丸投げしていたのだ。決して許される事ではない。
ようやく膿を出す事ができたな、と浩一郎は思った。冷酷ではあると思うが、仕事に支障をきたす部員が居なくなるのは好都合だった。三洋商事は来る者拒まず、去る者追わずの会社だ。足りない人員は直ぐに補充される。その点については問題ない。
「さあ、俊哉。仕事の邪魔者は去って行った。俊哉の頑張りどころだぞ」
浩一郎は心の中でエールを俊哉に送るのだった。
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