第103話昇任人事会議
総務部の管理職が集合し、朝から会議をしている。重要な会議、昇任人事だ。三洋商事の昇任人事は三ツ谷会長の指針、実力主義を掲げている。長く勤務したから昇任すると言う従来の人事は行われない。各部で会議を行い、その考査結果を会長が審査し、承認の判断がされる。総務部は営業部とは違い、明確な数字を示す事は出来ないが、現場の判断は重要である。
「昨今の社会事情で女性の管理職も増加傾向にある。会長は女性の管理職でも反対はしないだろう。しかしながら残念な事に我が総務部には意欲の有る女性部員は居ない」
各種の人事査定の書類に目を通した部長は溜息をついた。テーブルに書類を放り出し、半ば諦めている。
「部長、推薦する部員が居ます」
高坂主任が意見した。
「彼女は常に周囲の仕事の進捗を考えて業務に従事しています。新人研修でも従来のマニュアルに囚われず、柔軟な指導ができます」
「田宮俊哉君か」
「はい、そうです」
会議に出席している管理職は俊哉の人事考査の書類に目を通している。
「ふむ、勤務態度も良好、無遅刻無欠勤だな」
係長が意見した。浩一郎より苦労している管理職の1人だ。
「いかんせん女性軽視の発言になる事を重々承知しております。我が総務部の女性部員はグループを形成し、意見にそぐわない社員をないがしろにします。彼女たちは自分達が如何に楽に仕事をこなすかしか考えておりません。私に寄せられる意見も感情的で話になりません」
課長も言った。
「確かに過去優秀な女性部員も居たがことごとく退職してしまう。私に直接訴えてきた部員も居た。部員のモチベーションの向上にも是非優秀な部員を擁立したい」
「ならば田宮君の主任昇任で異論は無いか」
満場一致で俊哉の昇任の意見具申が決定した。
「ところで高坂君、君の意見は私情を挟んでいないと確約できるか」
「はい、確約できます。彼女ならやりきってくれるでしょう」
浩一郎はそう言った。
「我が総務部員はともすれば慣習で仕事をしがちだ。この人事でそれが解決する事を願おう」
会議は解散となった。浩一郎は俊哉に秘密裏に伝えるつもりだ。
俊哉と浩一郎は夕食を終えて2人で後片付けをしている。自動食器洗浄機を買おうかと考えたが浩一郎が食器の痛みを気にして今も手で洗っている。いつもならここでウィスキーを飲む浩一郎だが今日は飲んでいない。浩一郎は俊哉をソファに呼び寄せて隣に座らせた。
「どうしたんですか、浩一郎さん」
「まあ座ってくれ」
俊哉は隣に座る前にコーヒーを淹れた。ファイヤーキングのマグカップは浩一郎さんのお気に入りだ。
「冷める前に飲んでくださいね」
「俊哉、話が有る。結論から言おう。俊哉の主任昇任の人事考査が決定した。管理職全員の意見が揃った。これから会長への稟議書が作成される」
「私が主任ですか」
「そうだ。喜べ、給料も増えるぞ」
俊哉は動揺した。浩一郎さんの仕事を私が引き受けるのか。本当に出来るだろうか。
「なにぶん急な話なので気持ちの整理がつきません」
「最初に推薦したのは俺だ」
緑色のマグカップを手に取ってコーヒーを飲んだ浩一郎さんが話を続けた。
「考えてみろ。今の女性部員で主任に適した人間が居るか?」
俊哉は確かに居ないと思った。彼女たちは忙しい仕事を嫌う傾向があり、俊哉も負担に感じていた。
「まあまだ会長への稟議書は作成中だ。決定した訳では無いがほぼ確定と思っていい。後は会長との面談だ」
「浩一郎さん、私は構いませんが私を快く思っていない部員も多いです」
「そんな奴らは総務部に必要ない。嫌なら辞めるさ」
浩一郎さんの冷たい言葉に俊哉は驚いた。
「まだ秘密だぞ。他言無用だ」
浩一郎さんはコーヒーを飲み干した。
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