第98話浩一郎、詩を書く

日曜日の朝、俊哉と浩一郎はベッドでまどろんでいる。2人の幸せな1日の始まりだ。


「おはよう、俊哉、今日も綺麗だぞ」


「浩一郎さん、朝から何言ってるんですか」


良いじゃないか、と浩一郎さんは言って起き上がった。


「良い朝だな」


「はい」


2人は朝食の準備を始めた。朝食は浩一郎さん、コーヒーを淹れるのは俊哉だ。穏やかな朝の始まりである。朝食が終わると2人はそれぞれ好きな時間を過ごす。浩一郎さんはノートに何か書き込んでいる。普通日記は1日の終わりに書くと思うのだが、どうやらそうでもないらしい。


「浩一郎さん、何を書いているんですか」


「ああ、詩を書いているんだ」


俊哉は感心した。この浩一郎さんらしからぬ趣味である。しかし俊哉は見せて欲しいとは言わない。そこに俊哉の思慮深さがある。浩一郎さんはノートに詩を書いてパソコンで清書すると言う。


「浩一郎さん、詩を書き始めてどれくらいになるんですか」


「小学生の頃からだから長くなるな」


書き終えた浩一郎さんはノートを閉じた。


「あの、浩一郎さん、良かったら読んでみたいです」


「ああ、良いよ」


あっさりと読ませてもらう事ができた。浩一郎さんは俊哉にノートを手渡した。コーヒーを飲んでノートを開いた。浩一郎さんの詩は繊細な心情をつづっている。この大男らしからぬ感受性の持ち主だ。


「浩一郎さん、素敵です」


「俊哉、そんなに褒めないでくれ。恥ずかしいよ」


そこで俊哉は浩一郎さんに提案をした。


「浩一郎さん、この詩を公募に応募してみませんか?」


「それは俺も考えたんだがなかなかできなくてな」


「浩一郎さんの詩は色んな人に読んでもらうべきです」


俊哉はこの浩一郎さんと言う詩人にもっと世に出るべきだと思う。作品は自分だけで終わらせるだけでなくて、呼んでもらって初めて価値が出てくる。


「早速調べてみましょう」


俊哉はパソコンで調べ始めた。まだ締め切りに間に合う公募が1件あった。


「浩一郎さん、この賞はどうですか」


「俺にはわからん。俊哉に任せるよ」


公募の締め切りはあと1ヶ月ある。1人3篇まで。一通り浩一郎さんの詩を読んだ俊哉はどの詩が応募に適しているか真剣に選んだ。どの作品も繊細さとユーモアさがあって、浩一郎さんらしい作品ばかりだ。時々鋭く見せる感受性の高さは応募に十分だと思う。


「浩一郎さん、この3篇にしましょう」


「1番恥ずかしい詩じゃないか」


「いえ、この詩が1番良かったですよ」


浩一郎さんは照れくさそうに頭を掻いた。


「詩なんて俺の柄じゃないだろ」


「いえ、そんな事は無いですよ」


俊哉は3篇の作品と応募用紙をプリントアウトした。


「うん、やっぱりこの3篇が1番良い」


俊哉はそう言った。


封筒を取り出して宛先を書く。記入漏れがないかを確認して封筒に入れ、封をした。


「じゃあ浩一郎さん、これは私が郵便局に出しますね、そうだ、確実に届くように書留が良いですね」


「俊哉、手際が良いじゃないか。まるで経験者みたいだな」


「昔、好きな漫画家さんにファンレターを良く書いていたんです。だからこうした書きものは慣れているんです」


「そうか、じゃあ俊哉、後は頼んだぞ」


数ヶ月後、浩一郎の元に最優秀賞受賞の手紙が届く事になる。

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