第96話ご近所さん

俊哉と浩一郎が引越しをして2ヶ月が経った。ご近所さんに挨拶に回り、上手くやって行けそうな感じだ。今日は可燃ごみの収集日なので俊哉はゴミ袋を持って収集場所に向かった。そこで声を掛けられた。60歳くらいのおばさんだ。


「高坂さん、おはようございます」


おはようございます、と俊哉も挨拶を交わした。このおばさんはよく会う近所のおばさんだ。このおばさんは俊哉がトランスジェンダーだという事を知らない。


「今日も可愛いわね」


いえ、それほどでも、と俊哉は言った。おばさんに捕まってしまった。


「ところで高坂さん、あのお家、


川端さんの事だ。


「いえ、出ませんよ」


「この近所だと有名なのよ」


俊哉はシラを切った。川端さんは無害な存在だ。


「あのお宅で昔、娘さんが亡くなられてね、それから目撃している人が沢山居る有名なお家なのよ。貴女、見たりしないの?」


「はい、見ませんが」


あらそう、とおばさんは言って話題を変えた。


「旦那さん、大きな人ね」


「いえ、まだ籍を入れていないんですよ」


ここで嘘を言っても仕方が無い。そこからは根掘り葉掘り聞かれるだろうな、と思った俊哉はもう出社時間なので、とその場を後にした。


「ゴミ出しに時間が掛かったな」


「近所のおばさんに捕まってしまって」


「まあ多分そんな事だと思った」


色々と詮索されたことを浩一郎さんに言うと浩一郎さんは


「まあおばさんは噂話大好きだからな」


浩一郎さんはあまり気にしていない。2人で家を出るとさっきのおばさんがまだ居て、他のおばさん達とお喋りをしている。


「あら、お2人さん、行ってらっしゃい」


浩一郎さんはおはようございます、と挨拶をして2人は通り過ぎた。何か声をひそめて話をしている。


「きっと私達の噂話をしていますよ」


「させておけばいいさ」


浩一郎さんはあまり気にしていない。


「川端さんの事を聞かれました」


「どんな話だ」


「あの家で亡くなったそうです」


そうか、と浩一郎さんは言った。


「何か訳がありそうだが気にする必要も無い」


2人はいつも通り出社した。その姿を二階の窓から川端さんは見ていた。


「よし、今日もトラブル無く仕事が終わった」


新入部員の神崎と坂田も順調に仕事をこなしている。浩一郎さんも帰り支度を始めている。


「お疲れ様でした」


俊哉は総務部から出た。ロッカールームで今朝の出来事を話した。


「あ~それご近所さんの情報収集だ」


加奈子が言った。


「それで俊哉の事は?」


「うん、それは大丈夫だった」


「暇人は他人の噂話が大好きだから気を付けないといけないわよ」


涼子も話に加わった。


「噂話に尾ひれがくっついて大変な事になるわよ」


でも俊哉にしてもどうしようもない。


「まあ、なんとかなるよ」


川端さんの事は言えない。ロッカールームを後にして浩一郎さんと合流した。晩御飯の準備にスーパーに寄った。今日はお造りの盛り合わせを買った。


「浩一郎さん、朝のおばさんとの会話で気になった事が有るんです」


「なんだ」


「川端さんの事です」


俊哉と浩一郎さんの事はいい。川端さんの亡くなり方が俊哉には気になるのだ。


「その事は機会があれば川端さんから話をするだろう」


コミュニケーションができているのだから、そのうち川端さんから聞けるだろう、と浩一郎さんは楽観的だ。


「おっと忘れ物だ」


浩一郎さんはみたらし団子をカゴに入れた。川端さんの好物だ。


「堂々としていればいいんだ。気にする事は無い」


浩一郎さんは本当に動じない。それが俊哉には心強いのだ。


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