第95話川端さん、出社する
「じゃあ川端さん、準備お願いします」
俊哉と浩一郎は家を出る準備を済ませている。川端さんはいつもの白いワンピース。
「では、お願いします」
浩一郎に川端さんが重なり合う。
「おう、体が重くなった」
「大丈夫ですか、浩一郎さん」
浩一郎は女性1人分、体が重くなった。しかし浩一郎の強靭な肉体にはあまり響かない。
「ああ、大丈夫だ。体は重くなったがな」
駅へ行く道すがら、3人はゆっくりと歩いた。初夏の爽やかな朝だ。
「川端さん、大丈夫ですか」
「はい、大丈夫です」
川端さんはいつも通りだ。
「でもどうして私達の会社に行こうと思ったんです」
「お2人の働く姿を見たいのです」
川端さんはシンプルな思考の持ち主だ。それは俊哉も浩一郎もよく理解しています。
「外に出ると色々なものが見えますね」
「何が見えるんですか」
「私と同類です」
なるほどなあ、と浩一郎は呑気に答えた。
「まあ駅なんか多いんじゃないか」
「浩一郎さん、怖い事言わないでください」
川端さんは続けた。
「人によっては自分が死んだ事すら気付かずに生活する人も居ます」
人間は生きても死んでも大変だ。
「私達2人は電車の混雑を避けるのにかなり早く家を出るんです」
1時間早く出社すれば電車もかなり空いている。俊哉と浩一郎は座席に座った。電車を乗り換え、会社近くの駅に着いた。俊哉と浩一郎はカフェに入った。
「出社時間まで余裕があるのでいつもここでコーヒーを飲むんです」
ウェイターが来て俊哉は注文した。
「コーヒー3つください」
ウェイターは怪訝な顔をした。
「3つですか?お客様はお2人ですが」
顔馴染みのウェイターはそう言った。
「3つでお願いします」
浩一郎が言った。
「かしこまりました。コーヒー3つですね」
ウェイターは去った。
「やっぱり不自然ですよね」
「川端さんだけ飲み物無しと言うのも酷いだろう」
ありがとうございます、と川端さんが言った。浩一郎の肉体から出てきている。
「あ、体が軽くなった」
「浩一郎さん、本当ですか」
世間で言われている霊に取り憑かれると体が重くなると言うのは本当だったのかと俊哉は思った。
「川端さん、遠慮せずにコーヒーどうぞ」
運ばれてきたコーヒーを前に川端さんは静かに座っている。俊哉と浩一郎は川端さんが味わっているのを知っている。
「おはようございます」
総務部に入った。雑談や仕事の準備で部員は慌ただしく動いている。俊哉はロッカールームへ行ったので浩一郎と川端さん2人だけだ。
「もう少ししたら俊哉も顔を出しますから」
浩一郎の体が軽くなった。川端さんが出てきた。
「ここがお2人の職場なんですね。散策させていただきます」
後日霊感のある女子部員が女性の霊が居ると大騒ぎになったのはたぶん川端さんだろう。霊は存在するのだ。朝礼が始まる。川端さんも浩一郎の隣りに居る。
「連絡事項は特に有りません。何度も言いますが。仕事では必ずダブルチェックする事。以上、朝礼を終わります」
浩一郎が言うと部員はデスクに戻った。
「川端さん、俊哉のデスクはあそこです。自由にしてもらって結構ですが、定時の時刻までには戻ってきてくださいね」
実際、川端さんは総務部から出なかった。お昼も総務部で過ごした。昼休みが終わって、午後の仕事中も川端さんは浩一郎と俊哉のデスクを行ったり来たりしていた。定時になり、退社の時間になった。再び浩一郎の体に入り、帰宅した。家に着くと川端さんは浩一郎の体から出てきた。
「今日は良い経験ができました。ありがとう」
俊哉と浩一郎は何事も無くてホッとした。浩一郎は川端さんのためにお菓子とお茶の準備をして、俊哉は夕食の準備を始めた。川端さんは総務部を散策してもほとんどを浩一郎の側から離れなかった。俊哉の様子も見に行ったり総務部を探索したが本当は浩一郎の仕事姿を見たかったのだ。そう、川端さんは浩一郎に恋をしている。
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