第94話浩一郎と川端さん

川端さんは幽霊だ。時折現れて、静かに椅子に座っているかと思うと消えていたりする。俊哉も浩一郎も最初は驚いたが最近はそれほどでもない。川端さんは無害だからである。日曜日、俊哉はいつもの4人組で出掛けている。浩一郎は読書をしている。すると川端さんが現れた。俊哉は菓子とお茶の準備を始めた。


「俊哉が居ないのに珍しいですね」


俊哉そっくりの川端さんはうなずいた。


「良い所に来られましたね。虎屋の羊羹がありますよ」


ケトルをコンロにかけ、火を着ける。羊羹ようかんの包みを開けながら浩一郎は川端さんに話しかけた。


「俊哉は友人と遊びに行っています」


そうですか、と川端さんは言った。声が聞こえると言うより心に響くと言う声。


「本当に仲が良くて、いつも4人組なんですよ。まるで小学生の友達のようです」


ケトルは直ぐに音を鳴らした。川端さんは熱いほうじ茶が好みだ。


「浩一郎さんは今日は予定が無いのですか」


川端さんに聞かれて浩一郎は答えた。


「平日は仕事にジムのトレーナー、忙しいので日曜日はゆっくり休んでいます」


そうですか、と川端さんは言って、羊羹をじっと見ている。たぶん味わっているのだろうと浩一郎は思った。


「たいしたものはありませんがゆっくり過ごしてください」


浩一郎は本をまた読もうとした時、川端さんは浩一郎に話しかけた。


「俊哉さんについてお話を聞かせてもらえませんか」


浩一郎は驚いた。今までは現れてはいつの間にか消えるを繰り返した川端さんが浩一郎に質問をしたのだ。初めての事だ。


「俊哉の事ですか。沢山話すべき事がありますが最初から聞きますか、途中かいつまんで話をしましょうか」


「最初から聞かせてください」


わかりました、と浩一郎は答えた。浩一郎も湯飲みのほうじ茶を飲んで話を始めた。話は俊哉の幼少期までさかのぼる。幼稚園の頃から女の子と遊んでいた時が楽しかった事、男の子と認識される辛さ。これらは俊哉から聞いた話だ。そして中学生の時、性同一性障害と診断される。


「せいどういつせいしょうがいとは何ですか」


「肉体的性と精神的性が違う障害です」


「私の生きた時代では無かった病気です」


「そうですね、昭和の頃には聞かなかった病気かもしれません」


俊哉は理解ある両親のおかげで性転換手術を受けて戸籍も女性に変更した。


「性別が変更できるんですか」


「現代では可能です。手続きには色々と手間が掛かりますが」


そこからは俊哉からの受け売りの話である。川端さんは時折質問を挟む。


「俊哉さんとはどう言う馴れ初めですか」


「会社の上司と部下の関係です」


この事を川端さんに聞かれるのは浩一郎、いささか恥ずかしい。例え川端さんでもだ。川端さんのお茶が冷めているのに気が付いた浩一郎は新しく入れ直した。川端さん専用の湯飲みは九谷焼だ。


「でも俊哉さんは元男でしょう。貴方の子供は産めない」


かなり鋭い質問が浩一郎に飛んで来た。しかし浩一郎も動じない。


「確かに俊哉は私の子供は産めませんが、それ以上の愛情を持っています」


川端さんの質問に答えていないな、と浩一郎は思ったが、彼女はそれ以上の言及は無かった。


「浩一郎さん、私からお願いがあります」


「何でしょう」


「浩一郎さんと俊哉さんの働いている職場を見てみたいです」


驚きの言葉が川端さんから発せられた。浩一郎も動揺した。


「もちろん、可能ですが、川端さん、この家から出られるんですか」


「浩一郎さんの肉体をお借りすれば可能です」


なるほど、と川端さんと浩一郎は話し合った。


「ただいまです」


夕暮れ、俊哉が帰って来た。浩一郎は今日の事を全て伝えた。


「浩一郎さん、大丈夫ですか、そんな事をして」


まあ、大丈夫だろうと浩一郎は言ったが確証は無い。

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