第92話テレビ取材その3

「おはようございます。レフトハンドの下地です」


総務部に下地が来た。今日1日と明日の半日が俊哉の取材予定だ。朝礼から撮影が始まった。時折下地がインタビューをする。固定カメラは俊哉を撮影し続ける。俊哉と浩一郎は下地のインタビューに答えた。浩一郎は


「田宮君は優秀な部員です。仕事も安心して任せられます」


取ってつけたような安易な誉め言葉だ。浩一郎は心の中で苦笑した。カメラは浩一郎を撮影し続けている。下地とカメラマン、数名がチームのようだ。浩一郎の撮影が終わると俊哉を撮影しはじめた。浩一郎から見て俊哉は別段緊張もしていないようで、淡々と仕事をしている。総務部もどこか浮足立っている。仕方ないかと浩一郎は考えている。下地はインタビューを始めたようだが浩一郎から俊哉のデスクは離れていてよく聞こえない。


「会社での撮影は初めてだな」


浩一郎は思った。ビジネス雑誌や新聞社などの取材はしばしば有った。その殆どは秘書課が引き受けていて、総務部は機会が無かった。しかし今回は個人を撮影するための取材だ。会長も考えたと思うが大胆な決断だと思う。


「ありがとうございます。田宮さんの取材は終了しました。ご協力ありがとうございました」


下地の挨拶に浩一郎は問いを投げかけた。


「良い番組になりますか」


「必ず良い番組に仕上げて見せます」


自信たっぷりに下地は言った。取材慣れした下地は仕事ができる男だと浩一郎は思った。


「お礼と言ってはなんですが、皆さんでお食べください」


総務部に配ったのは虎屋の羊羹ようかんである。高価な菓子を配るとは思い切った事をやる。経費で落とすのだろうが。


「高坂さん、ありがとうございました」


「次はどこを取材するんですか」


「秘書課を取材します」


なるほどな、営業部は後にするつもりだな、と浩一郎は思った。下地達が去った後、浮ついた雰囲気を浩一郎は消すかのように部員を自分のデスクに集合させた。もちろん、俊哉も居る。


「さあみんな、取材は終わった。気持ちを入れ替えて業務に専念する事」


激を飛ばして部員を戻した。いつもの総務部だ。


「田宮、頼んでおいた資料の作成は出来たか」


「はい、完成しています」


「目を通したいから見せてくれ」


はい、と俊哉は答えて自分の机に戻り、再び浩一郎のデスクにやって来た。


「高坂主任、お持ちしました」


「おう、ありがとう」


俊哉を前に、浩一郎は資料に目を通した。良く出来た資料だ。


「これはいつ仕上げたんだ」


「テレビの取材の時です」


「よく集中できたな」


「全然気になりませんでした」


大したものだ、と浩一郎は思った。


「よし、田宮、良い出来だ。戻って良いぞ」


俊哉は自分のデスクに戻って行った。後でめてあげようと浩一郎は思った。浩一郎自身も気を引き締めて行かねばいけない。しかし部内に異物が混入すると雰囲気は変わってしまう。そうそうテレビの取材など受けるべきではないと浩一郎は思っている。


「この後は各部署を回っていくのか」


俊哉は独り言をつぶやいた。


「はあ、やっと終わった」


俊哉は胸を撫でおろした。なにせテレビの取材である。慣れるものではない。浩一郎さんも色々と気を使っているのもわかった。今日はご馳走にしようと俊哉は思った。

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