第90話テレビ取材その1

俊哉と浩一郎は三ツ谷会長に呼び出された。


「高坂主任、何の用事でしょうね」


俊哉は浩一郎さんに聞いてみた。


「いや、俺にもさっぱりわからない」


会長室手前には秘書課がある。秘書課を通り抜けて会長室に入れる。秘書がドアをノックする。


「総務部高坂主任、田宮部員、来られました」


「うん、入ってくれ」


俊哉と浩一郎さんが部屋に入ると見知った顔が揃っている。加奈子、涼子、彩の3人である。


「よし、みんな揃ったな」


三ツ谷会長は顔ぶれを見て


「ふむ、今日も美人揃いだな」


会長は機嫌が良い。


「君達をここに呼び出したのには理由が有る。結論から言おう、君達4人にテレビの取材を受けてもらう事になった」


「その話はお断りできないのですか」


涼子が言った。


「いや、強制ではない。出たくなければそれでよい」


4人はそれぞれの部の主任が居た。4人はお互いに目配せをしてうなずいた。


「わかりました。出演します」


「おおそうか、出演してくれるか。ありがとう」


会長は4人に頭を下げた。


「会長、頭を下げないでください」


4人は揃って言った。会長は素直に礼を言った。


「我社は君達も知っている通り、学歴、年齢、男女問わず入社の門戸を開いている。それを知ったテレビ局がLGBTQに寛容な会社に目をつけた」


秘書が資料を配り始めた。それぞれ受け取っていく。


「私は寛容な会社作りに専念している。それは君達に理解してもらえているだろうか」


加奈子は答えた。


「はい、理解しています。会長は私達にチャンスを与えてくださいました」


浩一郎さんを含めて主任達は静かに会長と4人のやりとりを聞いている。


「よし、ならばモザイク無しでも引き受けてくれるか」


「もちろんです」


私達はなんら負い目は無い。何故顔を隠さないといけないのだろうか。私達は堂々と生きている。


「よし、わかった。追々テレビ局のディレクターから打ち合わせの話が届く。その時は各部署の主任が対応し、逐次業務を調整する事」


話は終わり、俊哉ら4人は退出した。主任は残っている。主任同士、取材の概要を会長から聞くためである。


「関係各所の調整役はどうします?」


「私がやります」


高坂主任が名乗り上げた。面倒事の押し付け合いはしたくない。他の部の主任は安堵しただろう。


「では高坂君、君に任せたよ」


会長はディレクターの名刺を渡した。


「お引き受けいたします」


高坂主任は名刺を受け取った。しかし高坂主任もなにぶん初めてな経験なので不安も有るが、面白い経験もできそうだ。主任達も会長室を退室した。


「さて、役者は整った。後は舞台だな」


秘書課で最高責任者の宮地秘書は答えた。


「この件は三洋商事のイメージを決定させる良い案件だと思います」


「宮地君もそう思うか」


会長はそう言って笑った。他社からの横並びから抜け出せる貴重な機会だと会長は考えている。


「俊哉、テレビ、本当に出演するんだな」


「もちろんです」


俊哉は元気に答えた。今からワクワクしています、と付け加えた。そう、トランスジェンダーにも陽の目が当たるのだ。


「会長も何か策略があるように思えるが」


「浩一郎さんの考え過ぎですよ」


浩一郎さんはディレクターとの打ち合わせの責任者となったのを俊哉に伝えた。


「また仕事が増えましたね」


「いや、良い判断だと自分では思っている。4人に1番近い存在だからな」


浩一郎さんはそう言っていただきます、と言って夕食を食べ始めた。今日は節約メニューでアジの塩焼きにオクラのおひたし、豆腐と昆布の味噌汁だ。


「俊哉も忙しくなるかもしれないが、頼むよ」


はい、と元気よく俊哉は返事をした。

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