第79話桜木加奈子の奮闘
「おい、桜木。書類は準備したか」
「はい先輩。プレゼン資料も準備しています」
「よし、じゃあ出発するぞ」
加奈子は先輩の後をついて行く。営業部に移動して目の回るような忙しさである。大量の書類と申し送り、雑務に翻弄される。帰宅も遅くなった。しかし加奈子の鼻筋の通った顔には疲れは見えない。
「これよ、この忙しさを求めていたのよ」
庶務課は退屈な場所だった。しかし営業部は違う。やりがいがある。そして何よりチームワークが優れている。商談に問題が有ると直ぐに緊急会議が行われ、対応が協議される。フレキシブルな対応だ。商社の中でも異色の社風である。1人の仕事は全員の仕事。情報共有は三洋商事営業部の必須事項である。それゆえに大量の書類と高度のマルチタスクに追われる事になる。
「おい、桜木。もう帰れ」
「はい、この仕事が終われば帰るつもりです」
「その仕事は急ぎの仕事か?」
「いえ、急ぎではありません」
「なら帰れ」
加奈子の教育係は東堂さんだ。自分にも他人にも厳しい。しかし決してその厳しい指導にはちゃんと意味があり、無駄な叱責などは無い。
「体調管理も仕事の内だぞ」
「はい、わかりました」
早く帰宅できたのでスーパーで1人鍋のパックを買って帰った。水を入れてだしパックを入れて火にかけるだけである。手軽で野菜も食べられるので加奈子は重宝している。テレビのくだらない番組を観ながら鍋をビールで食べる。最近は忙しい毎日で週末以外は忙しい。いつものメンバーと遊ぶ事も多いが、最近加奈子はゴルフを習っている。営業部では接待でゴルフをする事が多々ある。東堂さんからもゴルフを覚えるように、と1番最初に指導された。しかしどうやら加奈子には向いていたようで、レッスンが楽しい。
「加奈子、営業部はどう?」
「めちゃくちゃ忙しいよ」
4人は食堂で昼食をしている。加奈子は次の仕事の準備が有るからと途中で抜けた。
「みんなごめんね。また飲みに行こう」
加奈子が去った後、3人は心配をした。
「加奈子、忙しそうだけど大丈夫かな」
「庶務課から営業部だから忙しさは次元が違うわ」
「私達でフォローしてあげましょう」
3人は協力を確認した。
営業部は残業を良しとしない。それは仕事が非効率だからだとの会長の思想が定着しているからである。合理的に仕事を進めれば残業はしなくてもよい。しかし現実は1時間程度の残業は避けれない。もちろん、サービス残業ではない。
「桜木、みんなで飲みに行くが行くか?」
「はい、お供します」
「よし、じゃあ行こう」
三洋商事の本社の近くに小規模な飲み屋街がある。もちろん、会社の社員を意識しての商売である。
「4人だけど席ある?」
「奥へどうぞ」
加奈子を含めた4人は座敷に座った。
「今日も仕事お疲れ様、乾杯!」
4人はジョッキを鳴らした。料理が運ばれてくる。
「しかしどう見ても桜木は女にしか見えないな」
先輩の1人が言った。
「桜木は女ですよ」
「しかし本当の女なら営業部の仕事は務まらないぞ」
「まあハードだからな」
「でも私は頑張りますよ」
いや、無理はさせん、と東堂さんが言った。貴重な人材、他の課と言えど1年で主任に抜擢される人材だ。燃え尽きないように注意する、と自論を展開させた。
「東堂さん、ご面倒をお掛けします」
「構わないさ。さあ、飲めよ」
楽しい酒になった。
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