第72話俊哉、初めて釣りをする

俊哉は釣り道具を手入れしている浩一郎さんを見て


「浩一郎さん、釣りをするんですか」


「ああ、久し振りに行きたくなってな」


浩一郎の釣りはルアーフィッシングだ。


「俊哉もやってみるか?」


「はい、やってみたいんですが、ミミズとか触ります?」


「いや、俺はルアーフィッシングだから生エサは使わないぞ」


「そうなんですか。やってみたいです」


浩一郎さんがタックルボックスからルアーを見せてくれた。


「こんなので釣れるんですか」


「それが釣れるんだ」


「じゃあさっそく釣りに行きましょう」


いや、待てと浩一郎さんは言った。


「ルアーフィッシングは練習が要るんだ」


「練習ですか」


「ああ、ルアーを投げる練習だ」


そうだ、久し振りにバス釣りに行こうかと浩一郎さんは言った。


「ここから近くの川にブラックバスが居る」


秋口でバスも活性化しているだろうと浩一郎さんは言った。


「じゃあ明日、さっそく行ってみようか」


俊哉もはい、と答えた。よし、と浩一郎さんは道具を押し入れから取り出して来た。ロッドとリールを俊哉に渡した。


「これが俊哉の相棒だ。大切に扱ってくれ」


「わかりました」


俊哉は浩一郎さんが手入れをしている間、コーヒーを淹れた。ファイアーキングのマグカップにコーヒーを淹れて浩一郎へ持って行った。浩一郎はリールのラインの交換をしていた。


「何をしているんですか」


「ライン、糸の交換だよ。俊哉のリールのラインは古かったからな」


新しいラインに交換されたリールをロッドに取り付けて俊哉に持たせた。


「どうだい?楽しそうだろ」


「はい、楽しそうです」


「釣れると楽しいぞ」


よし、今日は早く寝よう、と浩一郎さんは言った。俊哉もそれに従った。


翌朝。朝の5時から俊哉と浩一郎さんは出発した。


「朝早いんですね」


「早朝の方が釣れる可能性が高いんだ」


歩いてしばらくすると川の堤防に出た。誰も居ない。


「よし、最初はルアーの投げ方からだ」


安全を確認して投げる。ラインからタイミング良く指を離してルアーを投げる。


「初めてにしては上手いじゃないか」


俊哉は自分が上手いのかもわからないが、放物線を描いて飛んでいくルアーを見るのは気持ちが良い。1、2時間投げる練習をした。


「よし、じゃあ早速バスを狙ってみようか」


浩一郎さんは俊哉からタックルをあずかり、何かを交換している。


「ワッ、それ毛虫ですか」


「ワームさ。プラスチックで出来てる」


俊哉は触ってみた。グニャグニャと柔らかい。こんなもので魚が釣れるのだろうか?


「いいか、俊哉。アシの生えている所ギリギリに投げてみて」


「はい」


後ろを確認して投げた。アシよりかは少し離れてしまった。


「よし、それでいい。ゆっくりハンドルを回してラインを巻くんだ」


俊哉は浩一郎さんの言う通りにゆっくりリールを巻いた。しばらくすると何かに引っぱられる感じがした。


「浩一郎さん、何か引っ張られるんですが」


「俊哉、釣れてるぞ。ロッドを上げろ!」


言われた通りに上げるとロッドがしなった。


「よし、ゆっくりリールを巻くんだ」


グイグイと引っ張られる。魚が釣れたんだ。


「そのまま、そのまま、ゆっくり巻き上げよう」


バスが水面で跳ねる。引きも力強い。浩一郎さんが取り込む。


「おう、ビギナーズラックだな。良いバスだ」


浩一郎さんは喜んでいる。楽しい。あんなおもちゃみたいなので魚が釣れる。


「よし、写真を撮ろう。俊哉は魚の口を持って」


暴れるのを諦めたブラックバスの口を掴む。


「はい、1枚」


浩一郎さんはスマホで写真を撮った。


「じゃあ、放してあげよう」


ワームを取り、川に戻されたブラックバスはゆっくりと消えて行った。


「浩一郎さん、ルアーフィッシング楽しいです」


「そうか、良かった。俺も1匹」


お昼前まで釣りをして、浩一郎さんも1匹釣って帰る事にした。俊哉には魚の強い引きが腕に残っている。ルアーフィッシングに夢中になる最初の日だった。


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