第58話爆弾発言

「俊哉、新人研修どうだ?」


「順調ですよ、浩一郎さん」


2人はベッドの中で朝になっても起きない。家にまで仕事の話を持ち込まない浩一郎さんだが、それなりに心配しているようだ。


「そうか、それなら良いんだが」


起きようとした俊哉を引き留めて、浩一郎さんは言った。


「今日は楽しもう」


「浩一郎さんはエッチですね」


「普通だと思うが」


そうして2人の休日が過ぎて行く。


月曜日。俊哉は神崎と坂田に仕事を教え、自分のデスクに戻った。2人もデスクに戻って仕事のメモをまとめている。


「じゃあ、この時間は坂田さんにパソコンを教えてもらうように」


神崎ははい、と返事した。


「ところで田宮先輩、高坂主任って良い男ですね」


「そうだね」


「付き合っている人居るんですかね」


「居るよ」


「誰ですか?」


「私よ」


ええっと神崎は驚いた。


「田宮さんが高坂さんとお付き合い」


「総務部のみんなは知っているよ」


「僕の恋のライバルは田宮先輩ですね」


「いや、高坂主任はノーマルよ」


「神崎君、雑談はそこまで。パソコンの勉強しましょう」


坂田が会話を止めた。神崎はパソコンに向かう。俊哉は内心驚いたがよもや神崎が浩一郎さんに告白しても断るだろう。浩一郎さんはゲイではない。


「ゲイがノンケに恋してもねえ」


ノンケとはノーマルな男性の事である。4人は暖かくなってきたので屋上で昼食を食べる。加奈子の意見に


「そうよね、可哀想だけど浩一郎さんは俊哉に夢中だからね」


彩もそう付け加えた。


「でもさ、ゲイってカミングアウトして何の得が有るのかな」


「さあ、わからないよ」


涼子の問いに俊哉が答えた。


「隠したくないと言う気持ちもわかるけどね」


加奈子が噂で聞いたんだけど、と付け加えて


「最終面接でも自分はゲイだと言ったらしいよ」


「鉄の心臓よね」


会長もよく面接をできたな、と俊哉は思う。自分はジェンダーだけど女でありたいと

努力しているし、他の3人も同じだと思う。しかしカミングアウトは自己アピールとしては有効かもしれない。


「でもさ、会長も自由過ぎない?寛容すぎて怖いよ」


神崎と坂田の同期に刺青を入れた半グレを採用したらしい。もちろん、正式に入社試験を合格できたからである。営業部に居るそうだ。


「会長は学歴に左右されないからね。最後は自分も面接に参加するし」


俊哉も会長が面接の時、上機嫌だったのを覚えている。三洋商事は会社も社員も個性的だ。


「まさか無いとは思うけど、浩一郎さんを奪われちゃダメよ」


3人は応援してくれた。総務部に戻ると神崎が浩一郎さんのデスクに居る。なんだろうと近くまで行ってみた。


「高坂主任、僕とお付き合いして下さい」


「悪いな神崎。俺には惚れた彼女が居る」


「僕は諦めませんから!」


神崎が自分のデスクに戻った。また総務部がざわついている。俊哉は神崎のデスクの前に立った。


「前に私と付き合っているって言ったよね」


「はい、知っています」


神崎も堂々としている。


「でも僕の好きな気持ちは変わらないんです」


わかった。この男は自分の気持ちに正直なんだ。そこで話を聞いていた坂田が言った。


「神崎君。君の気持は痛いほどわかるよ。でもね、恋人がいる人にあの発言は無いんじゃない?」


「坂田さん、僕は自分に正直に生きたいんだ」


俊哉は終わりそうにないこの議論に終止符を打った。


「神崎君は高坂主任に好意を持っているのはわかった。でもね、高坂主任は仕事ができる人が好きよ。頑張って仕事で成果を見せる事ね」


神崎は黙った。俊哉はとりあえず胸を撫でおろした。恋のライバル現る。でも浩一郎さんはノンケだからなあ。

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