第55話俊哉に聞いてみた

「今年の新入社員にゲイとレズビアンが総務部に来る」


「えっ」


俊哉の包丁の手が止まった。今日は2人で夕食を作っている。浩一郎さんはいったい何を言っているのだろうか?


「いや、言葉の通りなんだ。それで俊哉に何かしらアドバイスを貰えたらなと思ってな」


「いや~それは大変な事になるかも」


「何故だ?」


「私達トランスジェンダーともあまり交流が無いんですよ」


「アンダーカバーはどうなんだ?」


「あの店はジェンダー専門のお店です。ゲイバーやレズビアンバーもありますよ」


「でもレインボーパレードとかやっているじゃないか」


レインボーパレードはLGBTQの人達が集うお祭りのようなものだ。


「私達トランスジェンダーでパレードに積極的に参加する人も居るには居るんですけどね、私の周囲で参加するのは涼子くらいですね」


今日の夕食は寒ブリが安かったのでお造りで楽しむ事にした2人である。俊哉の包丁捌さばきはなかなかのものである。


「しかし入社は決定したし、会長も力を入れている」


浩一郎は米を研いでいる。4合ともなれば研ぐのも手間が掛かる。


「実際のところ、ゲイの人達は俊哉のようなトランスジェンダーをどう思っているんだろうな」


浩一郎の1番聞きたい事だった。


「人にもよりますが、あまりこころよくは思ってないでしょうね」


「それは何故なんだ?」


「たぶん、男として男を愛する事について誇りを持っているんでしょうね」


俊哉は織部焼おりべやきの器に盛りつけをしながら言った。浩一郎は器を集めるのが好きで、俊哉も驚くほど浩一郎は造詣ぞうけいが深い。


「女性になって男性を愛すると言うところにゲイの人達は違和感を覚えるのか」


浩一郎は味噌汁を作っている。下仁田しもにたネギと豆腐の味噌汁である。浩一郎は赤味噌が好きなので早めに味噌を入れている。


「性的マイノリティって実はそんなに結束力はないんです。どうもそうした人達を政治的に利用する人達とかも居たりして」


日本政府はLGBTQ法案を衆議院で通そうとしている。それは良いのだがMtoFのトランスジェンダーが女性のスポーツの競技に出場している。体は男性なのだから女性より競技に優れているのは当然である。しかし俊哉はそれを快く思っていない。


「もし私がゲイの方と同じ部署になるなら距離を置きますね」


簡潔かんけつに俊哉は答えた。


「そう言われてみればそうだな。参考にしよう」


浩一郎はそれ以上深くは俊哉に聞かなかった。俊哉の立場も考えてである。


「よし、後は米が炊けるまでゆっくりしよう」


唐津焼の湯飲みで2人ほうじ茶を飲む。


「でもね、浩一郎さん。私だって仲良くしたいんですよ、本当の事を言うと。でもそれは相手も同じことを思っているからこそ、本当に仲が良くなると思うんです」


干し芋をかじりながら浩一郎は聞いていた。


「良い性格の人が来ると良いな」


「はい、私もそう思います」


俊哉はスマホを持ち出して浩一郎に見せた。それはLGBTQの掲示板だ。そこに就職活動についてのスレッドがあって、そこに三洋商事の事が書かれている。


「性的マイノリティに寛容な企業として注目されているんですよ」


「それは凄いな」


「これから三洋商事に就職したい人が増えると思います」


「それはそれで大変になるな」


炊飯器のブザーが鳴った。ご飯が炊けた。


「まあ、今回の話は実際に当人達に会わないとわからんな」


さあ、ご飯にしよう、と浩一郎は言った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る