第53話加奈子

「みんな色々有って良いなあ」


お昼休憩が終わり、4人はそれぞれ職場に戻る。加奈子の職場は庶務部、庶務1課である。雑用が多い。今日は都市緑化についての役所との会議である。三洋商事も緑化事業に積極的で、緑が多い会社である。観葉植物の手入れは庶務課の業務である。


「何が楽しくてせっかく三洋商事に入ったのに作業服を着て仕事しないといけないのよ」


加奈子は自分の境遇に対して不満で有るが、給料は良いので簡単に辞めない。


「私も涼子みたいに秘書課で働きたいな」


中年のオジサンが多い庶務課は加奈子からすればよどんでいる。


「おはよう、加奈子ちゃん。今日も綺麗だね」


「今日は忙しいですよ。業務指示ボードを確認してください」


今日も朝から作業服だ。スーツを着るのがもう面倒くさい。気楽に思えて来る自分に嫌気が差す。


「他の3人は晴れ舞台なのにどうして私が庶務課に」


加奈子に関して人事と会長は揉めに揉めた。トランスジェンダーの4人は筆記試験を満点で通過し、2次試験の集団面接、最終面接の会長との面接でも優秀だった。中でも特筆すべき優秀だったのは加奈子なのである。


「桜木さん、課長が呼んでるよ」


加奈子の姓は桜木である。


「何の用事でしょうかね」


「悪いニュースじゃないとは思うよ」


午後からは事務仕事なのでスーツに着替えた。


課長は加奈子に言った。


「今来年度の人事考査に桜木君が入っています。順調に進めば主任に昇格だよ。おめでとう」


本来であるならば喜ぶべきであるが、どこか加奈子には納得していない。日々の業務を淡々としているだけである。


「もちろん、私も君の主任昇格について応援するつもりです」


いったい会社は何を考えているのだろう。お昼休み、3人に主任昇格の話をした。


「すごーい!」


「やるわね、加奈子」


「たったの1年で浩一郎さんと同じ主任!」


3人は喜びこそすれ、加奈子を憐れむような事は無かった。三洋商事は実力主義の会社である。成績、実績が高ければ高いほど昇任も早い。


「でもさあ、仕事に華が無いのよ。地味な雑用ばっかりで」


「加奈子はわかってないわ。庶務課が無いと会社は回らないわよ」


涼子にそうさとされた。


「でもさ、英語の勉強頑張ってるから将来的には営業部に行きたいのよね」


英検1級、TOEICスコア900の実力を発揮したい加奈子なのである。


「だから異動届の提出を考えてるの」


「それは加奈子の自由だけど、加奈子が居なくなったら庶務課回るの?」


「代わりは誰でもできるでしょ」


俊哉は加奈子の答えになんとなく違和感を感じた。


「でもジェンダー4人組で最速の昇格よ。お祝いしましょ」


「まだ決まってないわよ」


ワイワイと4人、お昼は騒がしくて有名である。


会長室、三ツ谷会長が昇格人事の稟議りんぎ書類に目を通している。その時、書類をめくる手が止まった。


「おや、この庶務課の桜木加奈子君はトランスジェンダーの子だったね」


「はい、会長、その通りです」


「ふむ、たった1年で主任に昇格。彼女の仕事ぶりはどうかね?」


「1度仕事を教えたら覚えてしまってミスが無いので重宝されているようです」


「なるほどなあ、私の鑑識眼も悪くはないだろう?」


「会長の鑑識眼、恐れ入ります」


「私の予想では異動届を早晩そうばん出すだろう。受理するように人事部に伝えておくように」


「しかしなぜ、桜木君を庶務課に配属を指示したんですか」


「面接で会った時に、少し職場でくゆらせた方が良いと思ってね」


三ツ谷会長は加奈子を手のひらで操っている。


「きっと彼女は営業部を希望するでしょう。承認するように」


会長は稟議書に判を押した。

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