第52話女として生きて何が悪い

総務部としてとりたててトラブルもなく、1日が終わろうとしていた。浩一郎も今日の業務報告をすればそのまま家に帰れる日のはずだった。


「高坂主任、お話が有ります」


女子社員が浩一郎のデスクを取り囲んだ。


「ここで話をするのもなんだ、会議室で話を聞こう」


常日頃、部員達の不平不満を聞くのが主任の仕事の1つである。俊哉がこちらを見ている事に気が付いた。


「さあ今日は何の問題だ」


「トランスジェンダーの社員の件についてです」


「それは田宮の事か」


「名指しはしません」


浩一郎は遠回りな言葉使いが嫌いだった。


「で、どんな問題だ」


浩一郎はボイスレコーダーのスイッチをオンにした。


「元男性が女性として働いている事に嫌悪感を抱いている女子社員が沢山居ます」


つぼね滝川が言った。


「で、嫌悪感を抱いたと言うが具体的に問題が生じたのか」


「いえ、問題は起きていません」


「では何故このような話し合いの場を設けなければいけないんだ」


「ですから女性からの視点で嫌悪感を抱くからです」


感情理論である。具体的に被害はないが、気に食わない、不快だと言う。特に強い意見ではない。ただ、何となく嫌だ。


「トランスジェンダーの採用に関して言えば価値観の多様化を会長がかんがみて採用に踏み切ったんだ。それに反対の意見を言うのか?」


「いえ、会長に反対するつもりはありません」


別の社員が言った。


「では何故そんな意見になるんだ」


浩一郎がそう述べると皆黙り込んだ。


「なら田宮を例にしよう。皆知っているとは思うが田宮は性同一性障害だ。体は男性だが性自認は女性だ」


浩一郎は感情的にならず、冷静に話をしている。


「ロッカールームは別に用意されている。しかも田宮は気を使って女性トイレは使わず、男性トイレを使用している。それがどのような屈辱かわかるか?君達は男性トイレを使えるか?」


反対意見を聞こう、と浩一郎が言った。女子社員の1人が言った。


「高坂主任の意見も理解しています。しかし女子社員の意見も取り入れるべきです」


「なるほど、しかし田宮を例に取れば勤務態度も良好、欠勤無し、勤務成績も良好だ。これは皆も知っていると思うが我社の厳しい人事評価の出した答えだ。これに異論がある者は居るか?」


会議室がしんと静まった。


「いいか、君達の嫌悪感は単なる言い掛かりだ。いったい田宮を含むトランスジェンダーの社員がどんな迷惑を君達に掛けたと言うんだ。具体的に言ってくれ」


誰も浩一郎の意見に反論できなかった。


「いいか、よく聞いてくれ。トランスジェンダーとして採用されたのは性は男性で、性自認は女性として入社してきた。しかし、反対の性は女性、性自認は男性の社員が入社するとしたら君達は田宮に抱いた嫌悪感を彼らに抱くのか」


女子社員の1人は意見した。


「それは問題ありません」


「何故だ?男性だぞ。女子トイレに入ってきたらどうする?」


また沈黙した。


「いいか、はっきり言っておく。これから性的マイノリティの社員は増えて来るだろう。トランスジェンダーのみならず、ゲイやレズビアンもな。優秀であれば採用されるだろう。私の意見に反論できないようであれば三洋商事では仕事が出来ないぞ」


浩一郎は総括するために最後の意見を述べた。


「俺は君達の勤務評価を優秀として上に報告している。実際君達は優秀だ。だからもう少しだけで良い、他者に寛容になってほしい。それが主任としての俺の立場からのお願いだ」


女子社員が会議室から去り、浩一郎のみが残った。


「総務部も難しいな」


浩一郎は独り言を言った。




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