第49話お局滝川

総務部のおつぼね、滝川は男と電話している。


「なによ、あんた達、男1人倒せないの」


「馬鹿言え、あいつはバケモンだ」


新年会の後、俊哉と浩一郎を尾行しようとした男だ。男は浩一郎に本能的な恐怖を覚えている。これ以上あの男に関わるのはまずい。


「とりあえずこれでお別れだ。バイバイ」


滝川は電話を切られてしまった。


「使えない男ばかりよ」


SNSで知り合った男に俊哉を襲わせようとしたが浩一郎にはばまれた。


「滝川さん」


浩一郎に呼ばれてドキリとした。


「この前の会議の議事録は何時ごろできますか」


「もうすぐできます」


「そうですか、よろしくお願いします」


「あ、あともうひとつ」


「はい」


「田宮に何かあれば許しませんよ」


滝川は血の気が引いた。普段の穏やかな顔の浩一郎が凄まじい形相ぎょうそうをしているからだ。殴られる、と滝川は思った。しばらくすると元の表情に戻った浩一郎は言った。


「それでは例の件、よろしくお願いしますよ」


「わかりました」


滝川はデスクに戻った。足が震えた。あの男なら本気でやりかねない。甘く見ていたのを後悔した。


「で、その後何も無いか?」


「うん、無いよ」


俊哉と浩一郎はソファに座っている。


「滝川には釘を刺しておいたから大丈夫だろう」


冷めかけたコーヒーを飲みながら浩一郎は言った。


「なぜ滝川さんは私に酷い事をしようとするんでしょうか?」


「それは俺が好きだったからだよ」


俊哉は驚いた。


「でもなぜそんな事を」


「嫉妬だろうな」


女の嫉妬。嫌なものだな、と俊哉は思った。いつもの3人も嫉妬は怖いと言っていた。


「そんな事をしても解決しないのに」


「頭では理解しているんだろうが感情に押し流されたんだろうな」


浩一郎さんは別段何も思っていないようだ。


「浩一郎さんは怖くないんですか」


「俺よりも俊哉に危害が有った方が怖いよ」


浩一郎さんの本音だ。怖いけど嬉しい。


「私のボディガードですね」


「そうだな、ボディガードだ」


心強いボディガードだ。


「でもな、俊哉にも何が起きるかわからないから、気を付けるんだよ」


「どうしたら良いんですか」


「火事だ!って叫ぶんだ」


助けて、では誰も助けてくれない。火事だと野次馬が出てくる。だから火事だと良いと浩一郎さんは言った。


「とは言え、護身も難しいがな」


「浩一郎さんなら良い護身術の指導者になれそうですね」


「そんなに褒めなくてもいいよ」


格闘技に通じていて、剣術にもけている。これほどの人間もそうは居ない。俊哉は素直に評価しているのである。


「何か会社でワークショップみたいなのが有ると良いですね」


浩一郎さんは慌てた。


「ただでさえ忙しいのに勘弁してくれよ」


浩一郎さんは言った。まさか実現するとは俊哉も浩一郎も思ってもみなかった。


「まあ、有りもしない話もふと思ったら実現するかもしれないから考えたらダメだぞ」


そうですかね、と俊哉は思った。機会があればご意見箱に提案を投函とうかんしよう。もちろん、浩一郎さんには内緒で。思えば要所で活躍してきた浩一郎さんだ。きっとみんなの力になるはずだ。それに浩一郎さんは頼まれると嫌とは言えない人だ。引き受けてくれるかもしれない。


「じゃあ夕食の準備をしますね」


「手伝わなくて良いか?」


大丈夫です、と俊哉はキッチンへ向かった。うん、ナイスアイデア。

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