第48話新年会

三洋商事では忘年会は廃止され、新年会のみ行われる。それも各部で自由に設定して良いので経理部は新年会を行わない。総務部は毎年行う。


「では総務部の発展を願って、乾杯!」


賑やかに新年会が始まった。新年会と言っても2時間程度、形だけの飲み会である。俊哉は自然と浩一郎の隣に座った。


「田宮。今年もよろしくな」


「よろしくお願いします」


2人で乾杯をした。


「おやおや仲の良い事で」


俊哉と浩一郎をからかう者が居た。女子社員達だ。俊哉は浩一郎さんを見た。顔色も変えずにビールを飲んでいる。


「どうした?うらやましいか?」


浩一郎は俊哉の肩を持ってぐいっと自分に引き寄せた。


「俺達はラブラブだぜ」


「わ、キモイ、キモイ」


潮を引くように女子社員はどこかへ行ってしまった。


「浩一郎さん、大丈夫?」


「これで良いんだ」


その後は大人しい飲み会となった。


「それではみなさん、ここらでお開きにしたいと思います」


幹部がマイクでアナウンスした。


「俺は挨拶に回る。俊哉は他人に捕まらないように素早く帰れよ」


浩一郎さんらしからぬ厳しい言葉だ。俊哉は浩一郎さんが自分を心配しているのを理解した。素早く帰るつもりが、声を掛けられてしまった。


「田宮さん、良かったら飲み直さない?」


からかって来た女子社員だ。


「明日も仕事なので帰ります」


「良いじゃないの、ちょっとだけ」


しつこく食い下がる。


「悪いな、俺といっしょに帰るんだ」


後ろに浩一郎さんが立っていた。威圧感がある。


「そうでしたか。高坂主任、田宮さん、さよなら」


女子社員は去って行った。


「厄介な奴らめ」


浩一郎さんはため息をついた。


「やっぱり捕まったか」


「はい、ごめんなさい」


「謝る事はないんだ。良いんだよ、何も無かったら」


浩一郎さんは言った。


「あいつら、何か良からぬ事を考えているみたいだ。俊哉も帰り道、気を付けろよ」


いつになく浩一郎さんは真剣だ。


「あいつらはな、俊哉に危害を加えようとしている」


「えっ、それは」


「俺の勘だよ」


浩一郎さんはタクシーを止めた。2人乗り込んだ。


「ここからタクシーじゃ高くつきますよ」


「俺達2人をつけている奴が居た」


俊哉は血の気が引いた。


「全然気が付きませんでした」


「半グレっぽい奴だったな」


「どうやら車で尾行はしないみたいだな」


俊哉はうつむいて言った。


「私がそんなに悪いんでしょうか」


「そんな事は無いさ。あいつらは俺達の仲がつまらないんだ」


「それだけの事ですか」


「きっかけは些細な事さ。そこから雪だるま式にエスカレートする」


浩一郎さんは運転手に言って自分だけ降りた。俊哉にお金を持たせてある。


「ちょっと忘れ物をしたよ」


俊哉が止める間もなく、浩一郎さんは去って行った。


「おい、タクシーで帰ったぞ。後を追えねぇ」


若い男が電話をしている。


「手間がかかって仕方ねえや。礼ははずんでもらうぜ」


「礼ならたっぷりしてやるぜ」


後ろから声が掛かると同時に強烈な衝撃を受けて男は失神した。その声を掛けた人間、浩一郎は男のスマホを手に取り電話相手に言った。


「これ以上俺と田宮に何かしようとするならば、この男のようになるぞ」


「高坂主任、一体何を」


女子社員のお局、滝川だ。


「さあなあ。俺は知らないぜ」


浩一郎は闇に消えた。


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