第47話俊哉と浩一郎の年始

俊哉は年末年始を浩一郎と過ごしたかったがそうはいかなかった。田宮家でも親戚が来るし、年末年始は家族で過ごすという暗黙のルールがある。


「浩一郎さん、何して過ごしているかな」


俊哉がそう思っている時、浩一郎は叔父、源一郎と酒を酌み交わしている。


「そうか。浩一郎にも今年は色々有ったんだな」


「うん、色々有りすぎたくらいだよ」


浩一郎の作ったさかなで2人は飲んでいる。


「料理も様になってきたな」


「酒のアテばかり作っているけどね」


「まあ良いじゃないか。ゆっくり飲もうや」


浩一郎は毎年、こうして叔父の源一郎と過ごすのが恒例になっている。


「あけましておめでとうございます」


俊哉は親戚に挨拶をしている。


「俊哉君もすっかり女らしくなったね」


そうした何気ない一言にも棘が有る事を俊哉は知っている。形式だけの挨拶を済ませると俊哉は部屋に籠った。俊哉は浩一郎に会いたくなった。


「お父さん、高坂さんの家に行って来る」


「おい、みんなで初詣はどうするんだ」


「高坂さんと行く」


俊哉は家を飛び出した。親戚の好奇の目に晒されるのがいよいよ嫌になって来たのだ。俊哉は浩一郎に電話をした。


「オウ俊哉。明けましておめでとう」


「浩一郎さん、明けましておめでとうございます。今から家に行って良いですか?」


「ああ、今しがた叔父が居たけど帰ったよ。俺は酔っぱらっているけど、良いか?」


はい、大丈夫です、と答えて電話を切った。浩一郎さんと会いたい気持ちでいっぱいだった。


玄関のドアを開けると浩一郎さんは1人で酒を飲んでいた。


「どうした、俊哉。年末年始は家族で過ごすって聞いていたが」


俊哉はありのままを言った。親戚の好奇の目に晒されるのが耐えられないと。


「そうか」


浩一郎さんは俊哉をソファに座るように言って、2人で並んで座った。


「俊哉、飲め。年明けから暗くなってどうする」


浩一郎さんは酒を持ってきた。


「今日の嫌な事は今日忘れてしまえ。俊哉は良く辛抱してきた」


俊哉は涙があふれるのを止められなかった。


「泣くな、泣くな」


浩一郎さんは抱き寄せてくれた。


「今日は泊まったら良い。明日初詣に行こう」


泣きながらうなずく俊哉だった。


「酔いが醒めたよ。俊哉、酒の相手をしてくれるか?」


「もちろんです」


目を真っ赤にして俊哉は答えた。浩一郎さんは本当に優しい男だ。俊哉に多くの事を尋ねたりはしない。俊哉が浩一郎さんの事を聞けばどこまでも話をしてくれる。


「浩一郎さんには辛かったことが無かったんですか」


「そりゃ沢山あったさ。でもどんな時も誰かが助けてくれた。だから周囲の人達に感謝しながら生きてるよ」


窓から西日が差してきた。少しだが夜を知らせてくれる合図だ。


「よし、じゃあ高坂家の雑煮をご馳走しよう」


「どんなお雑煮ですか」


「おすましにほうれん草のみのいたってシンプルな雑煮だ」


「本当にシンプルですね」


「これが酒に合うんだ」


「今日はお料理沢山有りますね」


「ああ、叔父さんが来てたからな。毎年大晦日に来るんだ。どんなに忙しくてもな」


「今日は豪華な夕食ですね」


「今年は俊哉が居てくれて良かったよ。ありがとう」


俊哉は浩一郎さんの素直な所が好きだ。


「今日は飲み明かそうか」


「はい!」


俊哉は元気良く答えた。



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