第37話2人の買い物
「浩一郎さん、本当に買うんですか」
「俺に二言は無い」
浩一郎は新商品のバズ・リクソンズのA2ジャケットを買った。消費税込みで22万円。俊哉は頭が痛くなった。
「20万有ったら何でもできますよ?」
「これを買うのが俺なのさ」
浩一郎は上機嫌だ。
「柔術の給料もあるし、大丈夫」
俊哉から見て浩一郎は浪費家ではない。むしろ節約家である。しかしそれは自分の欲しいものを買うための節約なのである。俊哉は浩一郎を詰めた。
「これが男のロマンなんだ」
訳のわからない言い訳をする。
「それはそうと、俊哉も冬物を買いに来たんじゃないか。店を回ろう」
なんだか流されてしまった。俊哉はダッフルコートが欲しかった。
「ダッフルコートか。色々な店に有りそうだな」
俊哉は流行りものを好まない。いつまでも愛用できるものを好む。とにかくそうでなくても女子は服にお金がかかるのだ。
「あと、下着も欲しいです」
「えっ、俺も店に入るの?」
「もちろんです」
まいったなあ、と浩一郎は言った。男がそうした店を見るだけでも恥ずかしいのに、俊哉は付き合えと言う。
「わかった、とりあえずダッフルコートから探そう」
2人は歩き出した。浩一郎はライダースジャケットにデニムパンツ、スニーカー。俊哉はニットにジャケット、スカートにブーツだ。趣味の違う2人である。
「これなんか良いんじゃないか」
浩一郎が入った店で見つけたダッフルコート。レディースもあるみたいだ。俊哉は試着してみた。グローバーオールと言うイギリスのブランドだそうだ。
「縫製もしっかりしているな」
浩一郎は細部をチェックする。そう言ったところは細かい。
「値段も高めだけど、それなりに大切に着たら長持ちしそうだな」
お値段6万9千円。俊哉はちょっと頑張る。買う事に決めた。
「有名ブランドは高く感じるが、流行に左右されないから良いよ」
浩一郎が俊哉の荷物を持つ。
「浩一郎さん、重くない?」
「全然大丈夫さ」
大きな体ではまだまだ持てそうだ。
「じゃあ、行きましょうか」
2人はしばらく歩いて女性の下着店に向かった。
「やっぱり行かないといけない?」
「浩一郎さんが選んでも良いんですよ」
まいったなあ、と浩一郎は答えた。店の入り口にあるマネキンはレースの下着を着ている。ちらっと浩一郎はそれを見て、目を逸らした。
「さあ、入りますよ」
2人は店内に入った。ずらりと下着が並んでいる。浩一郎には店に居る女性の視線が気になる。
「浩一郎さんはどんなのが好きですか?」
女子高生らしき客がひそひそと声をひそめて喋っている。たぶん、俺の事だろうと浩一郎は自意識過剰になる。とは言っても実際の会話は
「うわ、でかい男。キモ」
「よくこの店に入れるよね」
「最近はカップルも多いらしいよ」
聞こえてるよ、と浩一郎は思った。どうせ俺はキモい男さ。
「浩一郎さん、これ、どうですか」
俊哉が持ってきたのはラベンダー色のレースの下着だ。
「い、良いんじゃないかな」
また例の女子高生がひそひそと話している。
「よし、今日はここまでにしよう」
「浩一郎さん、あと2、3着欲しいんです」
そうか、と浩一郎は答えた。ああ、もう好きにしたら良いさ。浩一郎は開き直って俊哉と店を回った。俊哉もお気に入りを見つけたらしく、機嫌が良い。
「浩一郎さん、下着屋さん、苦手でしょ」
「いや、そうでもないよ」
「へぇ、じゃあああいうお店、好きなんですね、いやらしい」
「どう答えてもキモい男になるじゃないか」
「でもいっしょに入ってくれて嬉しいですよ」
そうか、と浩一郎は安堵した。
「よし、今日は買い物も済んだし、カフェで何か飲もう」
俊哉も浩一郎も何の変りもない、休日の恋人同士だ。
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