第36話浩一郎の叔父
「浩一郎、久し振りにお前の家に行くぞ」
唐突に連絡をしてくる浩一郎の叔父、高坂源一郎である。浩一郎の住むマンションの家主でもあり、資産家である。普段は何をしているのか良くわからない。
「源一郎叔父さん、ちょうど良かった。紹介したい人が居るんだ」
「お!やっと彼女が出来たか。楽しみにしているぞ」
それじゃあな、と電話が切れた。なんとも自由な人だな、と浩一郎は思っている。浩一郎の両親はもう居ない。交通事故で2人とも亡くしている。浩一郎が中学生の頃だ。しかし浩一郎の記憶の中の2人は年々消えかかっている。写真を見てもどこか他人のように思える。
「父さん、母さん」
叔父の電話から思い出したように墓参りに行った。俊哉も同行している。
「浩一郎さんのご両親はどんなお2人でしたか」
「強くて優しかったよ」
仏花と線香をあげて墓を後にした。月命日には必ず墓参りをしている。
「まあ防大生の頃は流石にできなかったけどな」
「浩一郎さんはなぜ防大に入ったんですか?他にも大学があったのに」
「学費が無料で給料も出る。爺ちゃんや叔父さんに金銭的な迷惑を掛けたくなかったんだ」
俊哉はそうした浩一郎の話を聞くたびに胸が締め付けられる。浩一郎さんは人生の選択肢に孤独が見え隠れしている。俊哉は心配している。
「浩一郎さん、何でも私に言ってくださいね」
「なんだ俊哉、急にどうした」
「いえ、なんでもありません」
墓参りからの車の中で浩一郎は俊哉に伝えた。
「俺の叔父さんが家に来る。俊哉を紹介するつもりだ」
浩一郎は俊哉に言った。
「あのマンションの大家さんでしたね」
「ああ、かなりの破天荒な性格の人だから一応伝えておくよ」
「大丈夫ですか、私が居ても」
「大丈夫だ、いつも通りにしていて良いよ」
お昼過ぎに源一郎が家に来た。
「おう、浩一郎、元気にしていたか?」
浩一郎に負けず劣らず長身でがっちりしている。
「うっす、叔父さん」
「昨日までイタリアに居てな、帰って来た」
お土産であろう袋をどさりと置いて俊哉を見た。
「君が浩一郎の彼女か?」
「はい、田宮俊哉と申します」
「ん?俊哉?」
「はい、俊哉です」
俊哉は緊張していた。
「叔父さん、彼女は元男だよ。性転換手術で女になったんだ」
叔父はぐるぐると俊哉の周りを回った。
「どこからどう見ても可愛いお嬢さんじゃないか」
叔父は疑問を浩一郎に疑問を投げかけた。
「そうだよ、間違えて男に産まれたんだ」
「なるほど、面白い」
俊哉はこの浩一郎の叔父が自分に嫌悪感を持っていない事に気が付いた。
「そうか。とりあえずコーヒーをくれよ」
ソファに座った。浩一郎は用意していたコーヒーを出した。
「主任に昇格したんだな。おめでとう」
叔父は素直に甥の昇任を喜んでいる。パッと話題を変えて俊哉に質問を投げかけた。
「なあ、俊哉さん。浩一郎のどこに惚れたんだい」
突然の問いかけに俊哉は戸惑った。
「全部です」
「全部か!豪快だな!」
笑いながらコーヒーを飲んだ。
「浩一郎、俊哉さんを幸せにしてあげろよ。俺の見る限り、俊哉さんは女性だ。大切にな」
「叔父さんは最近どうなの?」
浩一郎が聞くと
「いつもと変わらんよ。しばらく日本に居るがまた直ぐにアメリカに行く」
さ、お2人さんの邪魔は良くないな、と叔父は腰を上げた。
「じゃあまたな、浩一郎、俊哉さん」
風の如くやって来て、風の如く去って行った。
「豪快な人ですね」
「自由人だよ。うらやましい」
また沢山お土産を残して行ったなと浩一郎は言った。お土産はお菓子ばかりなので俊哉に分けて持って帰らせた。
帰りの車の中で俊哉は浩一郎の叔父に何も話していない事に気が付いた。緊張もしていたが後悔している事を浩一郎に話すと
「なに、叔父さんはそれくらいでは何も思わんよ。初対面だしな」
後に浩一郎と俊哉のピンチに叔父が助ける事になる。
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