第33話MtoF

俊哉と付き合い始めてから浩一郎はトランスジェンダーについて調べるようになった。俊哉が訪ねて来るので本は置けない。ネットや電子書籍で調べた。しかし良くわからない。俊哉に聞くのが1番良いのだが、あえてそれをしないのが浩一郎だ。そこである行動に出た。


「いらっしゃい。あら、貴方、俊哉の彼氏じゃない?」


「はい、そうです」


アンダーカバーに来たのだ。


「今日は俊哉は居ないのね」


はい、と浩一郎はワイルドターキーのロックを頼んだ。


「あなた1人が来るって事は何か訳が有るのね」


「はい、トランスジェンダーに興味が有りまして」


「それは俊哉がそうだからよね」


はい、と浩一郎はグラスに口をつけた。


「ジェンダーって言っても色々有るから定義しにくいのよ」


「と、言うと?」


オーナーが言うには俊哉のように性自認がはっきりしていて手術までしたが、性自認は違うが、そのまま生きていく人も居ると言う。


「優、こっちへ来なさい」


オーナーに呼ばれて女性が出て来た。


「この子も性自認は女性。でも性転換手術もしていない。こういう子も居るの」


「あら、イケメンなお客さん。ゆっくりしていってね」


またカウンターの奥に行った。他の客の接客中だからだ。


「だから正解が無いのよ、この問題は」


「なるほど」


隣に女性が座った。


「お兄さん、今日は1人?」


「瑠香、駄目よ、この人は俊哉の彼氏さん」


「えーっあの俊哉に彼氏が。驚きだわ」


「丁度良いわ。貴女MtoFだから彼に話をしてあげて」


「何の話をしたら良いの?」


「貴女のこれまでを話してあげれば良いのよ」


お安い御用よ、と瑠香は言った。


「じゃあどこから話をしようか」


「1番最初の心の変化からしてもらえれば」


「じゃあお代におごってよ」


どうぞ、と浩一郎は言った。瑠香はカシスソーダを注文した。


瑠香が性に違和感を感じたのは幼稚園の頃からだった。女の子と遊んでいる事の方が楽しい。しかし列に並ぶ時は男子の列に並ばされた。瑠香にとって苦痛はそこから始まった。


両親は厳しく瑠香に躾をした。当然、性の違和感など言える環境ではない。成長するにつれて性自認が女性だと言うのが強くなった。大学を卒業後、貯めてきたお金で性転換手術を受けた。もちろん両親は大反対、勘当かんどうされた。それからはずっとニューハーフバーで働いている。


「ざっと説明するとこんな感じよ」


「なるほど、性自認は早かったんですね」


「中学生の頃、性同一性障害と診断を受けたわ」


診断を受けてからは気持ちが楽になった。両親は頑として認めなかった。瑠香は家を出た。


「それ以降は見ての通りよ」


「お話ありがとうございます。良い話を聞けました」


「でも俊哉からも話は聞いているのでしょう?」


「ええ、聞いているんですが、もっと他の人の意見も聞きたくて」


瑠香はグラスを空にした。


「でもさ、言っておくけどトランスジェンダーの当事者の気持ちはわからないわよ」


浩一郎にその言葉がずしんと響いた。


「私達を担ぎ上げて性の多様化を打ち上げる団体が有るけど、私は嫌いよ。私達の問題は思想とは関係無い事よ」


浩一郎はアンダーカバーを後にした。その日の週末、浩一郎は俊哉とソファに座っている。俊哉は浩一郎にもたれかかって嬉しそうだ。


「なあ俊哉」


「何?」


「何か悩みが有れば俺に言えよ」


「うん、ありがと」


「もう秋だな。空気が乾いている」


浩一郎は窓から見える景色を静かに見ている。

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