第29話今日は俊哉の家その2

俊哉の部屋の前に来た。俊哉がふすまを開けた。


「今時襖も珍しいでしょう?」


「いや、俺の祖父母の家も同じだったよ」


俊哉は浩一郎が持ってきた虎屋の羊羹ようかんが切り分けられ、小皿に乗せてある。同じく湯飲みが2つあり、ほうじ茶が入れてある。


「恥ずかしいです」


「いや、恥ずかしがることは無い」


浩一郎さんがじっと俊哉の部屋を見ている。


「そんなにじろじろ見るものじゃないですよ」


「俺は好きな部屋だな」


ちゃぶ台にお盆を置いて2人向かい合った。俊哉は顔を赤くしている。


「だから浩一郎さんの部屋は私のあこがれなんです」


「大袈裟だよ、憧れなんて」


「断然、浩一郎さんの方がお洒落です」


その時、美紀が入って来た。


「お姉ちゃん、家で2人きりにはさせないよ」


「美紀、自分の部屋に行きなよ」


「2人きりで何するの?」


浩一郎さんは笑った。


「じゃあみんなで遊ぼうか。トランプ有るかい?」


「はいっ有ります」


「じゃあみんなで遊ぼう」


3人でトランプで遊んだ。楽しく遊んでいると順子が部屋に来た。


「高坂さん、お茶、いかが?」


「頂きましょう」


「俊哉、美紀は茶室に入らないように」


浩一郎は茶室へ案内された。本格的な茶室である。おもむきは夏の道具だ。


「裏千家ですね」


「そうよ、よくご存じね」


「祖母より教わりました」


上座に座った浩一郎に菓子器が置かれた。練り物の菓子が器に乗っている。順子は浩一郎に懐紙かいしを渡し、浩一郎は菓子を懐紙の上に置いた。


「手で召し上がってください」


本来であるなら楊枝ようじを用意すべきであるが、事前に浩一郎に知らせていなかったし、順子も作法にはあまり厳しくない。浩一郎はゆっくりと菓子を食べている。順子は風炉ふろの前で茶を点てている。浩一郎は菓子を食べ終え、手を懐紙でぬぐった。


「どうぞ」


「頂きます」


礼をして茶碗を回し、飲んだ。茶碗は平茶碗で涼を求めるものだ。3口で飲み干し、飲み口を拭って茶碗を正面に戻した。茶碗をにじり寄りながら順子の前に置いた。順子は茶碗を洗う。建水に水を落とし、茶巾で拭う。


「浩一郎さん、俊哉を幸せにしてあげてください」


「はい、もちろんです」


2人の間に多くの言葉は必要なかった。それだけで十分なのだ。


「わざわざ茶室に呼び出してごめんなさいね」


「いえ、良い茶でした」


浩一郎は俊哉の部屋に戻って来た。俊哉は美紀とお喋りをしていたようだ。


「浩一郎さん、お帰りなさい」


「良い茶だったよ」


2人のやりとりで美紀は2人の仲の深さを知った。


「何の話をしていたんだい?」


3人でお喋りは大いに盛り上がった。俊哉も、美紀も、浩一郎も良く笑った。


「高坂さんはどうして姉の事が好きになったんですか?」


「初めて会った時から気になっていたんだ」


「それでどんどん好きになっていったと」


「うん、そうだね」


やるねえ、お姉さんと美紀は俊哉を肘で押した。俊哉は照れるばかりである。


「美紀ちゃんは好きな人は居るかい?」


美紀は浩一郎の質問に顔を真っ赤にして


「居ませんよ」


と答えた。浩一郎は続けた。


「美紀ちゃん、好きな人が出来た時はその人と徹底的に話をするんだよ。どんな男か

見極めないといけないよ」


美紀がそうですか、と答えると浩一郎はそうだよ、とうなずいた。


「そろそろおいとまします。ご馳走ありがとうございました」


「また時間ができれば碁を打とう」


はい、と浩一郎が答えた。


「高坂さん、帰り道気を付けてね」


「はい、お気遣いありがとうございます」


浩一郎はお辞儀をして車に乗り込んだ。頭を下げながら浩一郎の車は行った。


「良い男だな」


「ええ、爽やかで良い男」


「お姉ちゃんの目に狂いは無いね」


俊哉は怒った。


「もう、みんな言いたい放題。言わなくても浩一郎さんは良い男だよ」


浩一郎は車の中で胸を撫でおろした。


「良く人を見ている親御さんだな」


油断できなかった浩一郎である。

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