第27話浩一郎、悩む

俺のスマホが鳴った。以前通っていたジムの会長からだ。


「もしもし」


「高坂か?私だ渡辺だ」


渡辺会長は俺を買ってくれ、トレーナーとして世話を焼いてくれた。


「例の動画を観たぞ。相手はリゾルトのトップランカーだ」


リゾルトは歴史のある団体だ。大晦日の番組では必ずリゾルトが主催の番組が放送される。


「ところで渡辺会長、何かご用が有って連絡してきたんでしょう?」


「そうなんだ。実はな、柔術のトレーナーが辞める事になってな、良かったらトレーナーになってくれないか?」


「しばらく時間をください。考えます」


頼むぞ、と渡辺会長は電話を切った。俺はソファに座って考えた。三洋商事は副業可能だ。むしろ奨励している。それは仕事へのモチベーションを維持させるためと言う会長の方針でもある。


「と言う訳で悩んでいる」


浩一郎は俊哉に相談をしている。


「引き受けてみてはどうでしょう?浩一郎さんも副業で収入も増えますし」


俊哉はそう答えた。


「引き受けたところで上手く教えられるかな」


「その心配はないですよ。だって浩一郎さんの指導の上手さの証明が目の前に居るじゃないですか」


えへんと俊哉は胸を張ってみせた。


「そうかなあ、じゃあ引き受けるか」


浩一郎はクローゼットから柔術着を取り出して来た。


「カッコイイ。黒の道着もあるんですね」


「まさか自分が指導する側に回るとは思わなかったよ」


浩一郎は俊哉に言った。


「まあ最近運動不足だったから良いか」


浩一郎は渡辺会長に電話を掛け、トレーナーを引き受ける旨を伝えた。会長が喜ばない訳はない。


「俊哉と会う時間が減るかもしれない」


「大丈夫ですよ。心配要りません」


「強い浩一郎さんも見てみたいです」


そうか、と浩一郎は答えた。


「忙しくなるなあ」


「でも浩一郎さんが羨ましいです。誰かに必要とされるって素敵ですね」


「そうかね。柔術も日々進化しているからまた勉強しないといけないな」


最近はタレントやお笑い芸人が柔術をやっていたりして世間からも注目されている。浩一郎は黒帯だからトレーナーとして問題無い。むしろ歓迎されるだろう。


月曜日。浩一郎は朝早く出勤して副業申請書を作成した。係長に申請書を渡し、最終的には会長の決裁が必要だ。場合によっては会長の面談がある。


「やれやれ、手間が掛かる」


手早く申請書の作成を終えると丁度朝礼の時間になった。朝礼を終えて申請書を係長に提出した。


「ほう、高坂君はブラジリアン柔術を教えるんだね」


「はい、昔取った杵柄きねづかというやつです」


「収入を増やしたいからと申請する者は多いがそうではないところは珍しいな」


「昔の恩師のたっての願いです」


「それなら大丈夫だ。会長も喜ぶんじゃないかな。課長に提出しておくよ」


三洋商事は今では副業を許可する会社も増えてきたがその先駆けとも言える副業可能とした会社だ。会長のふところは深い。


「ところで高坂君、私みたいな中年で運動していない人間でもできるかね」


「全然大丈夫です。ブラジルでは70代でもしていると聞きます」


「私も高坂君の教えで柔術を始めようかな」


「その時は丁寧に教えますよ」


申請書を係長に手渡して浩一郎は業務に戻った。許可が出るまでは無給でジムに通おうと考えている浩一郎だった。


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