第25話ファイトショーツが全ての元凶

2人電車に乗り込むと何だかワクワクしてきた。


「電車に乗ってる人、殆ど海水浴に行く人じゃないか?」


結構混んでいる。若い子が多い。


「はい、多分そう思います」


「さっき打ったおでこが痛いぜ」


電車のドアでしたたかに打ってしまった先輩を、同乗客は見上げた。


「あのオッサン、デカいぞ」


「シッ、聞こえるぞ」


「俊哉、座れよ」


「浩一郎さん、ありがとう」


乗客が混乱している。


「あの綺麗な人が俊哉って言うの?」


「馬鹿言うなよ、どう見たって綺麗な女の人じゃねえか」


若干、好奇の目を感じつつも俊哉は浩一郎さんと楽しくお喋りをした。楽しく時間が過ぎて、駅に着いた。どっと乗客が降りた。


「やっぱり海水浴のお客さんだ」


俊哉はそう思った。


「行き道は知らないがこの集団について行けば大丈夫だろう」


パラソルとトートバッグを持っている浩一郎さんは海の似合う男だ。ゴツイし。


「じゃあ更衣室行くから、その前で待ち合わせをしよう」


「はい、わかりました」


更衣室を借りて着替えをした。恥ずかしいのでフードのラッシュガードを着ている。水着コーナーで見つけてついでに買っておいた。浩一郎さんは海パンのみで仁王立ちで海を見ている。背中で男を語っている。


「浩一郎さん、お待たせしました」


「よう、俊哉」


「水着姿が似合いますね」


「俊哉はなんでパーカー着てるんだ」


「恥ずかしいからですよ」


「俊哉の水着お披露目は後にしよう。まずは場所取りだ」


朝早いから良い場所を見つけた。


「よし、ここにパラソルを設営する」


浩一郎さんがグッと力を込めてパラソルを立てた。


レジャーシートを広げて準備は整った。


「さあ俊哉、水着を見せるんだ」


浩一郎さんの催促には負けてしまう。ゆっくりと脱いだ。


「やっぱり似合うじゃないか」


「じっと見ないでください」


「じゃあ何のために着たんだ」


「それは浩一郎さんに見て欲しいから」


「まあ良いさ。何か買ってくる」


財布を持って浩一郎さんは行ってしまった。私は居残りで退屈だから海を見ていた。すると男が声を掛けてきた。


「ねえ、お姉さん1人?」


「彼氏と来ています」


「仲間が向こうに居るんだ。一緒に遊ばない?」


だから彼氏と来ています、と言うと同時に男の後ろに巨漢が立った。浩一郎さんだ。かき氷とビールやら色々買って来ている。


「どうした俊哉?」


「この人が絡んできて」


「オウ兄さん、こいつは俺の連れだ。悪いな」


すごすごと男は去って行った。


「まあ海にはナンパが付きものだからな」


海風を感じながら2人でぼんやりしていると男達に囲まれた。


「おう、オッサン。俺の連れが世話になったな」


「世話もしてないがな」


男の中で屈強な奴が居た。そいつが


「オッサン、それ、コラルのファイトショーツじゃねえか」


「そうだよ」


「オッサン、女の子賭けて俺とグラップリングで勝負しねえか」


俊哉は起きている事態について行けていない。


「浩一郎さん、一体何なの?」


「喧嘩しようだってさ。俊哉を賭けてな」


浩一郎さんが立ち上がった。男は見上げる。


「そいつ、体格だけですよ!雑魚ですよ、雑魚!」


「よう、グラップリングルールで良いな」


浩一郎さんが言うと男は頷いた。


「オウ誰かレフリーしろよ」


浩一郎さんが喝を入れるかのような声だった。


「よし、俺がやろう」


男の中でも比較的おとなしい感じの男が立った。早くも見物人が周りを取り囲んでいる。スマホを向けている人も居る。男と浩一郎さんが向かい合った。


「コンバッチ!」


対決が始まった。男は怖気おじけづく事無くタックル?を仕掛けた。しかし浩一郎さんは倒れもしない。


「なんでタックル耐えられるんだ」


「バケモンかよ」


浩一郎さんは軽々と抱え上げて地面へ叩きつけた。素早く男の背部へ回り込んで左腕を男の首に差し込んだ。


「チョーク来ますよ、チョーク!」


しかし浩一郎さんにしっかりと組みつかれた男は為す術がなかった。完全に首が締まっているようだ。男は力を失って失神した。


「それまで」


レフリーの男が止めた。腕をほどいた浩一郎さんが男の両足を持ってゆすった。しばらくすると男が意識を取り戻した。レフェリーの男が浩一郎さんに謝罪した。


「元気が有り余っている奴らでして、申し訳ありません。因みに柔術は帯は何色ですか」


「黒だよ」


「これは失礼しました」


男達は去って行った。浩一郎さんは帰ってきて


「ああ、俺のかき氷がこんなに溶けちゃった」


「今の対決、浩一郎さんが勝ったんですよね?」


「ああ、圧勝だよ」


再び寝転がって海を見る浩一郎さん。


「やっぱり夏の海は良いなあ」


思い出したように言った。


「なあ、俊哉。膝枕してくれよ」


はい、と俊哉は座った。そこに浩一郎さんは頭を預けた。


「ああ、俊哉の膝枕は良いなあ」


1日は始まったばかりである。

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