第18話職場でバレる

「田宮、この資料を整理してファイリングしてくれ」


俊哉は先輩から指示されて仕事をしている。主任である先輩は中間管理職でも無いし、普通の社員でもない。俊哉から見れば辛い役職でもある。上からは指示され、下からは不平不満が出てくる。出世の階段とは言え、できるなら避けたい役職だ。


気分転換に缶コーヒーが飲みたくなり、俊哉は休憩がてら自動販売機に向かった。角を曲がる時、俊哉は歩みを止めた。


「なあ、高坂主任と田宮、なんかあやしくねぇ?」


「なんか特有の空気を出してるよね2人は」


総務の部員だ。俊哉は聞き耳を立てた。


「その話、どこから出て来たんだよ」


「女子社員からだよ」


「あいつら、勘が鋭いからな。マジかもしれん」


「でもさ、田宮ってめちゃくちゃ可愛いじゃん」


「なにお前、田宮のファンかよ」


「田宮のファン、他の部署でも居るぞ」


「変態かよ」


俊哉は缶コーヒーを買うのをやめてデスクに戻った。これはもう完璧にバレている。先輩に知らせなくては。


「良いじゃないの。別にバレちゃってもさ。悪い事してないんだし」


涼子は俊哉に言った。いつものお昼休憩だ。


「でも高坂先輩のファンを敵に回したかもしれないわね」


加奈子が言った。


「でも私は悪い事をしてないからバレても構わないと思う」


彩の意見だ。


はそう言うの鋭いからね」


4人は考え込んだ。


「まあ別に会社にも損害与えている訳でもないから良いんじゃない?」


「そうよ、悪い事していないんだから」


「でも高坂さんの耳には入れておいた方が良いわね」


4人は別れた。総務部に戻った俊哉は何か違和感を感じた。女子社員の目線が集まる。嫌な感じだ。仕事に戻った俊哉は定時まで働いた。特に今は急ぎの仕事も無いから早く帰ろうとした時女子社員に囲まれた。


「田宮さん、聞きたい事が有るんだけど」


「何でしょうか」


「高坂主任と付き合ってるっていう噂があるんだけど本当?」


俊哉は悩まなかった。なぜ悩む必要があるのか。


「はい、お付き合いさせてもらっています」


ロッカールームでもない、総務部の職場である。もちろん、先輩も聞いていた。女子社員の1人が言った。


「気持ち悪い。何がトランスジェンダーよ。男じゃないの」


叫びにも似た、嫌悪の感情である。


「おい、待て。何を騒いでいる」


先輩が来た。この状況は尋常では無い。


「主任は田宮さんとお付き合いしているんですか」


「ああ、しているよ」


あっけらかんに言うものだからかえって周囲は静かになった。


「何が悪いんだ?」


先輩の問いかけに誰も答えられない。


「田宮は紛れもない女性だよ。女性と言うところにあぐらをかかずに日々女性になるために努力している。それのどこが悪いんだ?」


女子社員達は黙っている。


「仕事が無いのなら早く帰る事。日頃言っているだろう。解散、解散」


てをひらひらとさせた。女子社員は潮が引くように退社した。


「やれやれ、どうしようもない人間だな」


先輩は呆れて呟いた。


「田宮も気にせずに帰れ」


「高坂主任。今日時間があれば飲みに行きませんか」


「ああ、良いよ」


残っている総務部の部員は聞き耳を立てている。いよいよバレてしまった。これで先輩の評価が下がらなければ良いのだけど。


「よし田宮、仕事も片付いたし飲みに行くか」


「主任、いつものメンバーも呼んで良いですか」


「ああ良いよ。楽しい酒になりそうだな」


視線を感じながら2人は職場を後にした。


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