第15話変わる世界

俊哉は昨日から世界が変わったと思った。道行く人々が楽しそうに見える。青空が綺麗だ。風も心地よい。自然と足取りも軽くなる。


「先輩とキスしちゃった」


キスがあんなに素敵だなんて思いもしなかった。鼻と鼻が触れ合った時、高鳴る心臓は鼓動が頂点に達したと思った。2度3度軽いキスを交わして


「今日は疲れただろ。家まで送るよ」


先輩は優しい。車に乗っている時、先輩のシフトチェンジする右手にまた左手を乗せた。


「どうした、田宮」


「先輩、を捧げたんです。責任取ってくださいね」


「おうおう、取る取る」


先輩は笑いながら言った。家まで送ってくれて、帰り際、また軽くキスして別れた。


「また明日、会社でな」


「はい、先輩、今日はありがとうございました」


「楽しかったよ、今度は2人でしよう」


俊哉は車が見えなくなるまで手を振った。


月曜日、いつものロッカールーム。4人は着替えをしながらお喋りをしていた。


「ところで俊哉。なんか変わったね」


涼子は鋭い勘で俊哉の変化を見抜いた。


「うん、先輩とキスした」


な、何だと!と3人が驚いた。


「いよいよやったか!」


「いや、むしろ遅すぎるでしょ」


「羨ましいな、良いなあ」


それぞれ違うリアクションが帰って来た。


「でも結ばれて良かったねえ」


みんなは祝福してくれた。


「あんな男は希少価値が高いわ。絶対手放しちゃだめよ」


涼子は冷静に言った。


「仕事も手を抜いちゃダメ。今まで以上に頑張らなくちゃ」


涼子は冷静である。そうだ、と俊哉は思った。仕事がおざなりになってしまったら良くない。


「でもさ、先輩にどう接したら良いかわからないよ」


「いつも通りにすれば良いのよ」


涼子は力強く言った。


「良い?あなたは私達ジェンダーの夢となったのよ。好きな男性と恋に落ちるなんて私達にとっての目標よ」


「そうそう、そうして私達の事が社会に認められたら良い事だからね」


加奈子はうんうんと頷き、言った。


「さあ俊哉、胸張って出勤だ!」


彩がポンと肩を叩いた。


「じゃあ行ってきます」


俊哉はロッカールームを後にした。


「さあ、あの2人、どうなるかしら」


「社会の荒波が待っているわよ」


「あたし達が支えてあげなきゃ」


3人はそう言い合った。


総務部。いつも通りの朝礼だ。先輩もいつも通りだ。先輩は姿勢が良いので目立つ。


「では今日も業務を頑張りましょう」


部長の一言で部員は解散した。慌ただしい1日の始まりだ。


「あれ、涼子、珍しいね。総務に来るなんて」


涼子が俊哉のデスクまで来た。


「今日は各部の部長会議なのよ。ちょっと用事で来たわけよ」


涼子は俊哉の耳元でささやいた。


「俊哉、浮かれているわよ。注意しなさい」


「え、そう見える?」


「見えるわよ。丸わかりじゃない。別に悪いわけじゃないけど」


と涼子は一旦言葉を遮って


「仕事の時は別にしなさい。良い?わかった?」


涼子は普段は口数が少ない方だが、言うべき事は必ず言う。


「ありがとう、涼子。気を付けるよ」


涼子は笑顔でグッと親指を突き出した。サムズアップ。


「貴女には恋敵が多いのを忘れない事よ。頑張って」


涼子は部長室へ向かって行った。そうだ、浮かれている訳にはいかない。


「よし、頑張るぞ!」


俊哉はキーボードをタイプしはじめた。会議の議事録の作成だ。でもふと気が付くと先輩の声が聞こえてくる。俊哉は落ち着くのだった。好きな人と同じ職場で仕事をする事はなぜこんなに楽しいんだろう。

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