第14話バーベキューにて

「俊哉、この車、ベンツのGクラスじゃない、良い車じゃないの」


待ち合わせに現れた先輩の車を見て涼子は言った。


「皆さんお待たせしました。じゃあ行きましょうか」


先輩はいつも通りだ。先輩はよほどの事じゃ無ければ動揺はしないけど。


4人に囲まれて嬉しいでしょう?高坂さん」


加奈子が言うと


「僕も男1人で天国ですね」


上手くかわす。アクの強い人間に対してのらりくらり答えている。


「高坂さん、このベンツGクラス、1400万はするでしょう?ローンで買ったんですか?」


「叔父に譲ってもらったんですよ」


「セレブな叔父さんですね」


「車好きの道楽ですよ。買ってはみたものの、扱いにくいので僕に回って来たんですよ」


車で移動中も話題に事欠かない。楽しい移動だった。


「さあ着きましたよ。ゆっくりしてください」


先輩は手際よくアウトドアチェアを4つ用意した。テーブルにはビールが有る。


「先輩、私もお手伝いします」


「田宮、大丈夫だ、ゆっくりしてくれ。こういうのは1人の方が上手く行くんだ」


俊哉も3人の輪に入った。


「至れり尽くせりのバーべキューね。こう言うのなんて言ったっけ」


加奈子が言うと彩は


「グランピングでしょ」


今日は天気も空に薄く雲が張っていて、ちょうど心地いい陽気だ。涼子は早速ビールに手をつけている。


「ああ、こう言うのは良いよね。上げ膳据え膳でさ」


この小さな砂浜は磯と複雑に入り組んでいて地元民しか知らない穴場である。磯では釣りをしている人がいる。


「高坂さんはアウトドア派かしら」


「そうでもないみたい」


4人が高坂を見る。高坂はクッカーに火を入れていた。もうすぐ準備も出来そうだ。


「俊哉。良い男じゃないの。手放したらダメよ」


涼子が言うと


「そんなのじゃないの!」


俊哉は否定した。


「じゃあ何なの?ただの職場の先輩がここまで面倒見てくれる訳ないじゃん」


「そりゃそうなんだけどね」


俊哉も強くは反論できなかった。俊哉は先輩が好きだった。新入社員で入社してからずっとだ。


「まあ今日はそんな話は止めておいてバーベキューを楽しみましょうよ」


ちょうど先輩が4人を呼びに来た。


「バーベキューの準備ができましたよ」


5人はクッカーを囲んでとりとめのないお喋りをした。先輩は魚介類のホイル焼きを準備していて、直ぐに食べられるようにしていた。それ以外は準備していない。


「あら、鉄板を使って肉を焼いたりしないんですね」


「はい、後片付けも場所を汚さずに済みます」


「なるほど、サスティナブルなバーベキューね」


魚介類のホイル焼きは美味しかった。白身魚はスズキの切り身で、ハマグリやキノコ、野菜類とがまとまって入っていた。これは先輩が家で準備してきたのだろう。手際が良い。


「ビール、ありますよ」


俊哉を含む4人はビールが大好きである。良く冷えている。


「ビールが美味しいわ」


他愛も無いお喋りで時間が流れた。多くは高坂に対する質問だったが、先輩は丁寧に自分の事を話した。


「じゃあそろそろバーベキューもお開きにしましょう。またチェアに戻ってください。飲み過ぎには注意してくださいね」


4人はまたチェアに戻った。俊哉は先輩が気になっていたが先輩はテキパキと後片付けをしていた。


「高坂さん、アウトドアも手慣れたものね」


涼子が言った。


「ホイル焼きにしたのも準備しやすいし、汚す器具が無い。家で準備したのね」


「なかなか出来る男ね」


「俊哉には過ぎた男ね」


あれやこれや言っていると先輩がこちらへ来た。


「皆さん、盛り上がっている所申し訳ないですが、そろそろ帰りましょうか」


ここにきて4人は何もしていない。ビールを飲んで、料理を楽しんだだけだ。帰りの車の中、お喋りは止まらない。先輩は苦笑して


「まだ物足りないみたいですね」


と言った。駅まで着いたが俊哉は先輩の車に残った。3人はそれについて何も言わなかった。


「田宮、良いのか、帰らないで」


「後片付けが有るじゃないですか。手伝わせてください」


「そうか、ありがとう」


先輩の部屋に着いたら俊哉は空き缶を洗い、先輩はクッカーの掃除を始めた。俊哉は食べ残しなどの掃除を終えたら先輩を手伝った。


「田宮、ありがとう。早く始末できたよ」


「先輩こそ私達のわがままを聞いてくれてありがとうございました」


「よし、家でコーヒーを淹れよう。帰りは送るよ」


先輩の部屋で2人はソファに座った。部屋にはボサノヴァが流れている。俊哉は酔ったのか先輩の身体に寄りかかった。自然と言葉が出て来た。


「先輩、好きです」


「俺もだよ。でもシラフならもっと良かったな」


2人はキスをした。自然な、とても素敵なキス。





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