第11話御意見箱

「田宮さん、今、手空いてる?」


「篠崎さん、すみません、手一杯です」


俊哉は知っている。は仕事をしたくない事を。

ぐるぐると面倒な仕事をたらい回しにする。もちろん俊哉もターゲットだ。


「ねえ、田宮って仕事が出来るからって生意気じゃない?」


「うん、私もそう思う」


女子ロッカーは悪意に満ちている。俊哉達が別の部屋にロッカールームを用意されたのはこう言った事が有るからかもしれない。


「何なのよ、あの男女。私ら女よりも女らしいじゃない」


「キモいよね」


「男の社員からも人気あるわね」


「変態じゃない?」


嫌な笑い声だな、と山口は思った。山口はレズビアンだ。こう言った女の嫌な一面は同性ながら見たくない。田宮さんは性転換手術を受けて、戸籍上も女性だ。それを面と向かって言わずに陰で悪口を言う。山口も総務部の部員だ。


「田宮さん、これ良かったら食べて」


「山口さん、ありがとうございます」


山口はそっとチョコレートを渡した。


「これ、高いやつじゃないですか?」


「他の人には内緒だよ」


俊哉は山口を良い先輩だと思っている。決して目立つ事は無いが、しっかり仕事はするし、仕事を頼みに来る時にも無茶な仕事はさせない。俊哉にとって大切な先輩だ。山口はデスクに戻って考えた。


「これは御意見箱行き問題ね」


山口はワープロソフトを起動させて文章を書き始めた。御意見箱とは各部署に必ず1つ有り、社員は自由に意見を書いた用紙を投函とうかんすることができる。箱の鍵は会長が持っている。月の終わりに会長自ら回収する。問題点は必ず解決させるように会長が指導する。山口は投函するところを見られたくないので残業の時に実行しようと考えた。


三洋商事会長三ツ谷康介は御意見箱から回収したものに目を通している。御意見箱の意見を読む時は秘書も部屋から追い出す。


「ふむ、田宮君と言えばトランスジェンダーの社員だったな」


三ツ谷は社員をよく覚えている。


「田宮君は余程嫌われていると見える」


三ツ谷は腕を組んだ。電話の受話器を持ち上げて秘書課に電話をした。


「竹宮君を部屋によこしてくれ」


竹宮とは涼子の事だ。しばらくすると涼子が会長室に来た。


「会長。御用とは何でしょう」


「これを読んで欲しい」


山口が書いた意見書だ。しばらく目を通していたが涼子は静かに言った。


「これは私達トランスジェンダーにとって特別な問題でもありません」


涼子は言い切った。


「ならばどうするべきだね」


「田宮俊哉が仕事に打ち込んで陰口を言わせないくらい努力する事です」


「なるほど、一理あるなあ」


三ツ谷の目の前の涼子もトランスジェンダーだ。しかし男には見えない。


「ではこの意見は保留にしようか」


「はい、その方がよろしいかと思われます」


「君達は強いな」


「これしきの事で屈するならマジョリティの世界では生きていけません」


三ツ谷もトランスジェンダーの社員を会社に擁する事には悩んだ。我社は門戸を広くして成長してきた会社だ。採用に関してなんの差別もしない。現に元ヤクザや刑務所から出所した人間も採用してきた。それゆえに性差による差別はしていない。そこに第3の性、トランスジェンダーを採用枠の中に取り入れた。人事課からの報告では採用した4人は良く活躍していると言う。


「竹宮君、君は非常に優秀な秘書だ。ゆえに相談が有る」


「どのような相談でしょうか」


「我社ではトランスジェンダーの社員を擁すると言う事で有名になってきている。そこでだ、同性愛者も採用の範疇はんちゅうに入れようと思う」


「それは名案ですね」


竹宮涼子は賛成した。

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