第10話先輩のパスタ
「晩飯にはちょっと早いかな」
「私もお腹空いちゃってちょうど良いです」
俊哉はルイボスティーを飲んでいる。先輩が好きらしい。
「身体に良いそうだ。どう良いのかわからんが」
先輩はキッチンに立っているので俊哉は先輩の大きな背中に話しかけている。
「田宮は家では普段何食べるんだ」
「和食が殆どですね」
「じゃあ今日はちょっと違うぜ」
自信ありげな先輩だ。
「この近くに鮮魚専門店があるんだ。主に卸しなんだけど仲良くなったら小売りもしてくれる」
先輩は人との距離を取るのが上手い。聞いて欲しくない時は聞いてこないし、チャンスが有ればスッと寄って来る。
「良いアオリイカが入っててな、頼んで売ってもらったよ」
見に来いよ、と俊哉を誘ったので俊哉はキッチンに向かった。
「わあ、大きなイカ」
「刺身にもできるんだがイカは寄生虫が居るからな。火を通す」
さ、後は出来てのお楽しみだ、と俊哉にリビングに行くように言った。
俊哉はソファに座って雑誌を読んでいた。ファッション誌も何とも言えない男臭い
アメカジの服を取り扱っている。所々付箋が貼ってある。
「先輩、この雑誌の付箋て何ですか?」
「欲しい服さ」
お値段20万。俊哉にはよく理解できない。
「なんでこんなに高いんですか」
「それは男のこだわりの値段だ」
俊哉には良くわからない。ソファの座り心地が良くて、少し眠くなって来た時、台所から良い匂いがしてきた。
「先輩、良い匂いです」
「そうだろ。もう少ししたら完成だ」
香ばしい匂いの正体は、オリーブオイルをたっぷり含んだニンニクを焼いている匂いだ。
「ここからは真剣勝負だ」
先輩は無言でキッチンに立っている。
「よし、出来たぞ」
先輩が持ってきたのはパスタとサラダ、バゲット。
「パスタはイカとブロッコリーのペペロンチーノ、サラダはアボガドとグレープフルーツのサラダだ」
男の料理だから細かい事は気にするな、と先輩は言った。でもとても美味しそうだ。
「さあ、パスタが伸びないうちに食べよう」
俊哉はパスタを食べてみた。とても美味しい。イカとブロッコリーでボリュームもあって、食べ応えがある。
「どうだ、美味いか?」
「美味しいです」
サラダも意外な組み合わせで新鮮だった。美味しい。パスタも丁度良い量で、バゲットでパスタのソースをぬぐって食べるのも良かった。
「ご馳走様でした」
俊哉が言うと先輩は
「まあご馳走って言う程のものじゃないけどな」
楽しい時間だった。今度先輩の言う鮮魚店に連れて行ってもらおう。
「よし、田宮はゆっくりしてくれ」
先輩は食器を下げて後片付けを始めた。俊哉は自分も手伝うと言ったが先輩は断った。
「後片付けまできちんとやるのが男の料理だ」
再びソファに戻った俊哉はまた雑誌に手を伸ばしたが、お腹が満たされて眠くなった。先輩の後片付けの音が聞こえる。
「今日はなんて良い一日だろう」
俊哉は思った。幸せな夕食だった。
「あっ」
はたと目が覚めて俊哉は起きた。どうやら眠ってしまったらしい。ブランケットがかけられていた。
「よく眠ってたな」
先輩が言った。
「今何時ですか」
「7時だよ」
外はもう暗くなっていた。
「よし、今日は送ろう」
先輩は言った。俊哉はずっと2人で過ごしたいと言う言葉を飲み込んで、帰る準備をした。
「先輩、渡すのを忘れていました」
俊哉はプレゼントを渡した。カトラリーだ。スプーン、フォークのセットだ。
「オウ、こう言うのはいくら沢山有っても困らないから助かるよ」
先輩は喜んでくれた。
帰りの車中、俊哉は思い切った事をした。車のシフトバーの先輩の手に自分の手を重ねてみたのだ。
「どうした田宮」
「先輩の手に触れてみたかったんです」
大きな手だった。
「田宮の手は小さいな」
俊哉は手に力を込めた。2人でシフトチェンジしている形になっている。
いつまでもこうしていたい、と思う俊哉だった。
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