第7話三洋商事の人事

「田宮、すまんがこの資料、20部印刷してくれ」


「はい、わかりました。すぐにします」


三洋商事では俊哉はまだまだ新入りである。自分に任される仕事の他にも雑用もある。コピー機はせわしなくいつも動いている。


「君もいつも忙しいね」


俊哉はそっとコピー機に手を触れた。コピーが止まった瞬間に自分のファイルをタッチパネルで選択して実行する。溜まった印刷物は隣の棚に置いておく。俊哉の分の印刷が始まった。まとまって印刷されたものをミスが無いか確認する。幸いにも誤字脱字も無く、問題無い。ホッチキスでまとめる。


「印刷できました」


「おう、ありがとう、助かった」


俊哉の所属する総務部は何かと忙しい。いつもバタバタしている。ちょっとした戦場である。お昼休みをいつもの4人で終えてデスクに戻ると同じ部署の社員に話しかけられた。


「なあ、田宮、今度の人事で誰が昇任すると思う?」


「うーん、わかりません」


「私は高坂さんだと思うのよ。仕事出来るしね」


「確かに高坂さんは仕事できますね」


「みんな新主任は高坂さんじゃないかと噂しているわ」


みんな噂話が大好物だ。しかし俊哉は好きじゃない。きっと自分も噂されているからだと思うから。先輩の方を見ると立って他の社員と話をしているのが見える。最近は先輩を見る時間が増えた。


「さ、私も頑張ろう」


俊哉は机に向かった。


数日後、総務部の掲示板に人事の通知が張り出された。昇任の欄に先輩が主任に昇格する旨の文面が書かれていた。


「やっぱり高坂さんだったな」


「まあ実際は高坂さん以外に適任者が居ないんだよな」


「こりゃ昇任祝いの飲み会必須だな」


俊哉は小さくガッツポーズをした。自分の事のように嬉しい。


「お祝いのプレゼントをしよう」


三洋商事の人事は他社と違い、独特の手法が採用されている。社員のアンケートと役職社員への聞き取り、そして会長の審査を経てはじめて決定する。トップダウンとボトムアップがバランスよく分配されている。偏った評価ではなく、あくまで客観的な視点を持つ事が三洋商事では重視される。もちろん俊哉は先輩を主任に推薦の書面を書いた。


「先輩、昇任おめでとうございます」


帰り際、俊哉は先輩に話しかけた。


「オウ、ありがとう」


「忙しくなりますね」


やれやれと先輩は言って続けた。


「ただでさえ忙しいのにますます仕事が増える」


確か以前先輩は下っ端の方が気が楽だと言っていた。先輩も自衛隊で組織の善悪を体験してきたんだ。きっとうんざりしているに違いない。


「昇任は嫌ですか」


「いや、嫌じゃないよ。人に認められるのは良い事だからな」


会社って言うのは難しいもんだな、と先輩は言った。珍しく影のある言葉だ。


「先輩の昇任祝いをしたいんですがどうですか」


「お、祝ってくれるのか。嬉しいねえ」


「何が良いですか」


「焼き鳥が良いなあ」


何とも安上がりな希望である。


「じゃあ『こまどり』にしましょう」


こまどりは焼き鳥が美味い。職場からも離れていて、こっそりお祝いするのに都合が良い。


「こまどり?知らない店だな」


「ばっちり調べてあります」


俊哉は常に料理屋の情報をこまめに調べている。トランス4人と行くのにも良いし、こうして大切な人と行く店も知っていると良い。


「私の大切な人」


俊哉は先輩を見上げた。小柄な俊哉からすれば先輩は巨人だ。先輩は真っ直ぐ正面を見ている。決してうつむかない先輩が大好きだ。

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