第6話俊哉の家族紹介

あれから美味しい蕎麦屋で鴨せいろを食べた後、さあ帰ろうかと先輩は言った。


「そうだ田宮、お前の家まで車で送ろう」


俊哉は最初は断ったが先輩に押し切られた。でも強く断る理由も無かった。電車を乗り継いで帰るより先輩の車で帰った方が楽だ。


「じゃあお願いします」


任せとけ、と先輩は手早くカーナビに住所を打ち込んでいく。


「そんなに遠くないな」


車内は会社の愚痴大会となった。とは言っても俊哉の一方的な愚痴を先輩が聞いていると言う構図だ。そうそう、わかる、わかると先輩は上手く相槌を打つものだから俊哉の口は止まらない。時折先輩は笑う。


「先輩は愚痴とか無いんですか」


俊哉は先輩に聞いた。先輩は


「俺は組織はそんなもんだって思ってるからあんまり気にしないなあ」


とは言え、と先輩は言葉を続けた。


「それにしてもには困る時も有るな」


女性社員はグループを作る。時として対立するが三洋商事はそう言った揉め事には容赦しない。以前、業務に支障が出るほど激しいものが有ったが、停職処分として処罰された時もあった。


「お、もう近いな」


俊哉にはあえてその話題には触れず、他愛も無い会話を続けた。


「先輩、このあたりで良いですよ」


「ここまで来たら家の前まで送るよ」


ここで良いですよ、家の前まで、と押し問答をしていると到着した。俊哉が先輩に礼を言って降りたのと妹の美紀が出掛けるのと鉢合わせした。


「あ、お姉ちゃん、おかえり」


美紀が声を掛けて来た。


「美紀、ただいま」


美紀は車に注目した。


「わ、ベンツだ。お姉ちゃん、送ってもらったの?」


「うん、家まではいいって言ったんだけどどうしてもって」


運転席の窓を開いて先輩は挨拶をした。


「田宮君の妹さんだね。こんばんは」


美紀も挨拶をして言った。


「お姉ちゃんが彼氏を連れて来たよ!」


玄関で大声で言った。何人か飛び出して来た


「美紀、本当か」


「美紀ちゃん、気のせいじゃない?」


どうやら両親らしい。


「はじめまして、高坂と申します。田宮君とは会社で同じ部署に所属しています」


「まあまあわざわざ送っていただいてありがとうございます。ここで話すのもなんですし、ぜひ家にお上がりください」


俊哉の母親、順子が言った。


「それでは好意に甘えさせて頂きます」


俊哉の家の駐車場に車を停めて先輩が出て来た。


「あら、大柄ね。身長はいくつあるの?」


「195センチです」


凄いわね、と順子は感心して家の玄関まで案内した。


「狭い家ですが、どうぞゆっくりしてください」


先輩は礼を言って靴を脱いだ。俊哉が驚いたのは靴の脱ぎ方にも丁寧で、揃えて置く姿も所作がきちんとしている。俊哉と先輩はリビングまで案内された。俊哉の父はソファから立ち上がり、挨拶をした。


「はじめまして。父の啓介です」


どうぞお座りくださいと先輩は案内され、ソファに座った。順子は茶菓子と茶を出した。


「あなた、お茶を習っているでしょう」


はい、と先輩は言った。


「ご流派は?」


「武者小路千家です」


「あら珍しいわね」


先輩の意外な一面に俊哉は驚いた。お茶を点てている先輩が想像できない。あとは他愛も無いお喋りで盛り上がった。


「それで俊哉の仕事ぶりはどうですか」


啓介が尋ねると先輩は答えた。


「田宮君は優秀な社員として頑張ってくれています。三洋商事は実力を重視する会社です。そこで1年頑張れたのも大したものです」


そうですか、それは良かった、と啓介は言った。


「そろそろおいとまさせて頂きます」


日はもう暮れていた。長居するのもかえって迷惑だと先輩は考えたのだろう。


「田宮、じゃあ明日、会社でな」


そう言って先輩は帰って行った。


「お姉ちゃんもなかなか良い男と付き合っているじゃん」


「付き合っていないよ、職場の先輩後輩の仲だよ」


またまた、と言って美紀は茶化した。俊哉はまさか先輩を家に上げるとは考えていなかった。


「俊哉、今日はすき焼きよ」


その日の夜は家族ぐるみで先輩について取り調べを受けた俊哉だった。


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