第5話俊哉の過去と理由

それはですね先輩、と俊哉は答えた。


「私は生物学的には男ですが性自認は女です」


「性同一性障害ってやつだな」


そうです、と俊哉は言った。水平線の遠くを見つめながら続けた。


「私の家族は仲が良いんです。性転換手術の費用も父が出してくれました。それは勇気の要る事だと思います。だから父の名付けたこの名前を変えたくなかったんです」


そうか、と先輩は答えた。先輩の良い所は余計な詮索をしないところだ。


「母と妹は服装やメイクを教えてくれました。家族は誰も私を否定しませんでした」


俊哉が髪を伸ばし始めたのは高校を卒業してからだ。大学へは女性のファッションで通学した。友人には全てを話した。離れて行った友人も居たが、多くの友人は俊哉を支えてくれた。俊哉にとって良い大学生活だった。女子トイレの利用も大学側も許可してくれた。と言うのもどう見てもからだ。俊哉を男と理解して告白してきた学生も居た。しかし俊哉は断って来た。


「そうか、色々あったんだな」


「色々あったんです」


トランスジェンダーの障害は性自認のみではない。就職も大きな壁となる。俊哉が三洋商事を知ったのはホームページだった。どんな人でも断りません、積極採用しますと大々的に書いていた。俊哉も三洋商事の噂は学生の頃から聞いていた。来る者拒まずの変わった会社が有ると言う。俊哉は就職説明会に参加して三洋商事のブースへ向かった。三洋商事は大盛況である。学歴不問、性別不問、年齢不問、なんでもござれ、実力重視ですとパンフレットに書いてあった。俊哉は女性のリクルートスーツでエントリーシートをもらった。自分の事を全て書いた。俊哉は学業でも優秀だった。三洋商事は筆記試験もそんなに難しくなかった。最終面接でも面接官は驚いていた。


「失礼だが君は男性に間違えて生まれたのではないか」


会長が苦笑した。俊哉は私もそう思います、と答えるとどっと笑いが起こった。


「よし、君を採用しよう。諸所問題の訂正が必要だが門戸が広いのが我社の社是だ」


三洋商事は最終面接で即決すると噂では聞いていたが本当だった。しかも同期にトランスジェンダーが4人も居ると言う。


「なるほどなあ、会長らしい」


先輩は静かに俊哉の話を聞いている。堤防では家族連れが釣りを楽しんでいる。


「私の話は以上です」


一気にまくし立てて俊哉は先輩に伝えた。俊哉はこうした時の会話は苦手だ。


「それでも俺には話を聞いて欲しかったんだな」


俊哉は恥ずかしくなると耳が赤くなる。


「はい、先輩だから聞いて欲しかったんです」


心臓の鼓動が激しい。もしかしてこれって告白じゃないか。は、恥ずかしい。


「田宮にも色々有ったんだな」


俊哉の方を向いて先輩が言った。彫りの深い、鼻筋の通った顔でこちらを見ている。俊哉の好きな顔だ。俊哉が言うのもなんだが、先輩はイケメンだ。バレンタインはそそくさと定時に帰っているのを知っている。


「もうここまでお互いの事を知り合えたならもう会社の同僚じゃないな」


「何言ってるんですか先輩」


「なあ田宮、俺達付き合わないか」


「何言ってるんですか先輩」


同じ言葉を2度言ってしまった。あはは、と先輩は笑った。


「そんなに照れるほどの事じゃないだろ」


「先輩の馬鹿」


「耳が真っ赤だぞ。恥ずかしいのか図星かどっちだ?」


俊哉は両手で顔を覆った。先輩は追い打ちをかけてこない。


「話し込んでいたら良い時間になったなあ。ここから少し先に良い蕎麦の店が有るんだ。行こうぜ。お腹空いただろ」


はい、と俊哉は答えた。先輩の顔を見れない。


「田宮、照れるのはそれくらいにしておけ。俺も恥ずかしくなる」


俊哉の耳はさらに真っ赤になった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る