第4話高坂先輩の青春
「高坂学生、敬礼の動作が遅い。反省文30枚書いて俺に提出だ」
「はい!」
俺は防大の理不尽に耐えていた。防大の1学年は人間扱いされないのは本当だった。そして俺は自分の体格を恨んだ。何をしても動作が遅く見えてしまうんだ。これにはまいったよ。何度も退学しようと考えた。でも辞めても金は無いし勉強できながら給料が貰えるなんて防大しかなかったんだ。貧乏だったからね。そりゃもう必死になって1年目はあっという間に過ぎて行ったよ。実を言うと卒業まではっきりとした記憶は無いんだ。ぼんやりとしていて、早く忘れたかったんだろうな。防大を卒業して幹部候補生学校を卒業して部隊に配属されたんだが1年足らずで辞めてしまった。向き不向きと言うより一生を自衛隊に捧げる覚悟が無かったんだろうな。それでたまたま三洋商事に拾われた感じだ。今は仕事が楽しいよ、刺激も有ってな。
俊哉は頷きながら先輩の話を聞いていた。思ったよりハードな人生だ。でもだからこうして先輩と出会えた。
「つまらない話だろ」
「いえ、そんな事無いです。凄い経歴ですね」
「防大は卒業して自衛官にならなかったら学費を返済しないといけないんだ。だから形だけ幹部自衛官だったな」
俊哉はさらに突っ込んで聞いた。
「でも本当は違う理由も有るんでしょう?」
「田宮。なかなか鋭いな。そうだ、そんなに簡単な理由ではない」
先輩は続けた。
「本音を言うとだな、馬鹿ばっかりの部下にうんざりしたんだよ」
溜息を混じらせて先輩は言った。
「下っ端の自衛官は世間知らず、陸曹って言う階級の人間は頑固でもうどうしようもなかったんだ。こんな奴らを引き連れて戦争などできんとな」
普段愚痴の1つもこぼさない先輩の初めての愚痴だった。
「この話は俺と田宮だけの秘密にしてくれ。余計な詮索はされたくないからな」
「はい、他言しません」
2人はカフェを後にした。先輩が言う。
「人混みにも飽きたな。ちょっとドライブしようか」
意外な提案に俊哉は驚いた。
「車で来たんですか」
「通勤以外はずっと車だな」
2人はコインパーキングに来た。先輩は精算をしている。
「先輩の車ってどれですか」
「1番奥のベンツの4駆だよ」
ベンツ?普通の会社員がベンツ?
「田宮、なんで俺がベンツなんて乗っているんだろうって思っただろう」
「はい、正直驚きました」
「厳密に言えば俺の車じゃないんだけどな」
話を聞くと車好きの叔父に譲ってもらったと言う。でも、すごい。
「まあ乗れよ」
大きなドアを開いて助手席に乗り込んだ。とても広い。
「シートの調整は必要ないか」
「はい、大丈夫です」
「こんないい天気の日は海に行きたいな。よし、海を見に行こう」
急遽予定が変更になった。
「海まで直ぐさ」
先輩のシフトチェンジを眺めていると先輩が気付いた。
「今時シフトチェンジなんて珍しいだろ。叔父さんはミッションじゃなきゃ車じゃないって言うくらいのこだわりでさ、この車も買ってはみたものの、扱いにくいから俺にくれたんだ」
車は海へ向かっている。俊哉は緊張していた。これってデートのドライブじゃない。
「途中のコンビニでコーヒーか飲み物買って行こう」
はい、わかりました、と俊哉は答えた。しばらくすると海岸線が見えて来た。
「先輩、海が見えてきました」
「今日は
海岸線をしばらく走るとコンビニが見えた。駐車場に車を停めて2人でコンビニへ入った。先輩は慣れた手でコーヒーを買う。
「俺のおごりだ。好きなだけ買えよ」
俊哉はシュークリームとカフェオレを選んだ。先輩が会計を済ませて再び車に乗り込む。しばらく車を走らせると防波堤に着いた。2人はベンツのダンパーにもたれこんで海を眺めた。
「海は良いよな」
「はい、潮風が心地良いです」
俊哉は目を細めた。
「田宮よ、今日は俺の話をした。今度は俺の番だろ」
「まあ順番は決めていないですけど良いですよ」
じゃあ良いな、と先輩は言った。
「なんで名前は俊哉なんだ?改名しないのか?」
バッターの俊哉にピッチャーの先輩はど真ん中のストレートを投げて来た。
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