第2話モーニング・ルーティン

俊哉の朝は早い。6時には台所でお弁当を作っている。給料はさほど高くないのでもっぱら自炊で、給料日の日は外食する。今日は豚の生姜焼きを作った。俊哉はテキパキと物事を進めるのが好きだ。しかし完璧主義でもない。毎日を大切にしたいだけだ。出社したロッカールームにて。


「俊哉は偉いわねえ。毎日お弁当作って」


話しかけて来たのは彩だ。もちろん、ジェンダーだ。


「私にもお弁当作ってよ」


「嫌だよ」


彼女は経理部で活躍するやり手の社員だ。ミスをしない完璧鉄人と呼ばれている。彩にも男性の雰囲気は感じられない。


「でもさあ、私達も女子ロッカー使いたいわよね」


「仕方ないよ、ロッカー用意してくれるだけ良いわよ」


俊哉はそう答えた。俊哉達は恵まれた方だ。この会社、三洋商事は懐が深い。トランスジェンダーなどは仕事では関係無い、優秀であれば良いと言う会長の経営哲学で学歴、性別で人事考査はされない。あくまで業績のみで評価する。ゆえに実力主義であり、仕事に対して厳しい姿勢を求められる。彩は部署外にも話題が及ぶほどの経理能力の高さを有している。


「まあ仕方が無いわよね、私達は少数派だから」


LGBTQと言う言葉が社会に広がりつつあるが、俊哉達に対する風当たりは強い。トランスジェンダーのふりをして女湯や女子トイレへ入る馬鹿者が居る。そんなニュースが報道されると俊哉は何か後ろ指を指されているような気がしてならない。ランチバックを持ってロッカールームを出た。今日も戦場に赴くのだが俊哉の朝のルーティンは弁当作りではない。


「高坂先輩、おはようございます」


「オウ田宮、おはよう。調子はどうだ?」


「絶好調です」


「そうか、俺もだ。今日も頑張ろうぜ」


はい、と答えてエレベーターを降りた。高坂との朝の挨拶が俊哉の朝の習慣なのだ。よし、今日もお仕事頑張るぞ、と俊哉は気合を入れるのだった。


お昼休みは屋上にお弁当を持って行く。屋上には加奈子、彩に涼子がいる。

屋上にはテーブルと椅子が有るが誰も使わないので俊哉達が使っている。


「もう春ねえ」


「うん、暖かくなってきた」


「今年もお花見しようか」


「良いわね。しようしよう」


はたから見たら普通のOLの会話である。しかし全員元男だ。


「カルティエのリングが欲しいのよね」


「あなたの稼ぎなら余裕でしょ」


「でも貯金も大切じゃない」


そう言う恵子は営業課のトップ営業マンである。飛び込みの達人と呼ばれ新規の顧客を次々と獲得する。元男とは思えない美貌の持ち主である。課長候補の一角と期待されているが恵子は管理職に興味が無いらしい。


「管理職なんかになったらインセンティブが無くなるじゃない」


「金の亡者じゃない、あんた」


「女磨きには金が掛かるのよ」


この4人だからこそできる会話で、他の社員にはとても聞かれてはいけない話題もこのお昼休みには出てくる。


「おっともう40分よ。戻りましょう」


4人は解散した。途中で高坂先輩とばったり会った。


「オウ田宮、どこ行ってたんだ」


「秘密です」


「たまにはみんなで飯に行こうぜ」


「考えておきます」


本当は高坂先輩とお昼ご飯を食べたい。でも高坂先輩は女子社員にも人気がある。私はこっそりこうやって喋るだけで十分なんだ。


「よし、頑張るぞ」


俊哉は気合を入れてパソコンに向かった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る