第七話 記憶の彼方へ
余市の駅に降り立ち、ウイスキーの聖地を目指して歩き始めた。そこは、桜が舞う春の日、両親と訪れた思い出深い場所だった。
父親は日本初のウイスキー造りに生涯を捧げ、過疎に苦しむ北国に新たな息吹をもたらした男たちの物語を教えてくれた。彼らは本物のウイスキーを作って、人々に琥珀色の希望を届けたいと願っていた。
その酒は、十年、二十年以上にわたりじっくり熟成されると眠りから覚めて、金木犀の花のような甘くて優しい香りになるという。
丸太橋を渡ると、秋には鮭の遡上するせせらぎを背に、仏塔に似ているパゴダ屋根やペリーの乗った黒船のような模型、天日干しのウィスキー樽が見えてきた。
麦芽をピートでいぶして乾燥させるキルン塔がそばにそびえており目に留まった。十年の長い歳月が流れても、蒸留所は変わらない景色を見せてくれた。
けれど、私は正門にある案内に驚いた。かつては自由に出入りができたのに、今や予約制となり、失望の中で立ち尽くした。でも、学生時代に描いた海の絵を思い出して砂浜に行きたくなり、蒸留所を後にした。
小樽の高台で描いた青い海と旅客船は、港からの汽笛と共に、東京への想いを強くしていた。故郷を離れたことで、東京から見る青い海は、夢や希望に満ちた景色を映し出していたはずだ。
しかし、今目の前に広がる荒れ狂う日本海では、孤独なウミネコが波間を舞い、寂しげな鳴き声を上げていた。足に怪我をした彼女は、愛する者とはぐれてしまったのかもしれない。彼女に近づき、足に絡まった釣り糸を解いて自由を取り戻してあげた。
その瞬間、彼女は私に感謝の気持ちを伝えるように振り返った。そうしてから、粉雪を纏いながら力強く空へと舞い上がった。私は彼女が遠くに消えるまで見守り続けた。
*
もう彼は、私のことを忘れたのだろうか。亮太への想いが、時と共に心によみがえる。
激流のように過ぎ去る恋の記憶は、文学館での初めてのトキメキや就活での再会の感動と一緒に、私の魂に深く刻まれている。
それは、私の宝物であり、かけがえのない日々の記録である。亮太への忘れがたい想いは、遠くに見える水平線まで、今も私の中に生き続けている。
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