5.茶番

 実のところ、毎日華美に装って乗合馬車で学園に通うシャルロットと、徒歩で通うエズメの状況について、学園では憶測が飛び交っていた。


 エズメの持ち物を身に着けるシャルロット。

 主人不在のサンデール侯爵家。

 手の荒れたエズメ。


 サンデール侯爵家ではエズメは虐げられているのではないかと。


 ***


 二か月が過ぎて行った。

 突然兄のリカルドが帰ってきた。

 その日の夕食は、二か月ぶりにエズメもマキシンも食堂で食事をとることができた。もちろん翌日の朝食もだ。


 ミンナとシャルロットは焦った。

「さっさとケリをつけなきゃ」

 ミンナはシャルロットに囁いた。


 その日のお昼休み、シャルロットはエズメを無理やり中央ホールの階段の踊り場へ引っ張って行った。


「ほんとにあんた、使えないわ」

 シャルロットが耳元でひそひそと言う。

「みんなの前で虐めてくれないと、全然計画が進まないじゃない」

 ニヤっと笑ってシャルロットはゆらっと体を揺らした。


「きゃあああああああ!!」

 悲鳴と共にシャルロットは階段を数段滑り落ちた。

 階段下のホールにいた生徒達が何事かと注目すると、シャルロットは泣きながら助けを求める。

「ひどいわ!エズメおねえさま!いくら私が憎いからって突き飛ばすなんて」


 泣きながらエズメを糾弾するシャルロトと集まってきた生徒を見ながら、エズメは必死で考えた。このままでは傷害事件を起こしたとして、学園で処分を受け、家でもミンナに叱責される。

 叱責どころかシャルロットの目論見通り、父のいないうちにこれ幸いと、病弱な妹マキシン共々追い出されるかもしれない。


 よし!


 エズメは腹をくくった。

 今やらなくては。


 エズメはその場で泣き崩れた。そして大声で叫んだ。


「あなたが悪いのよ!!アーネスト様と別れないと、マキシンとわたくしを追い出すというから!!」

 シャルロットはポカンとした顔になった。泣くのも助けを求めるのも忘れたらしい。


「わたくしはなんとかなるけど、マキシンはまだ五歳よ!?体も弱いの!追い出されたら死んでしまうわ!!」


 ホールはさらにざわざわし始めた。


「わたくし達が前妻の娘だからって、お義母様と一緒になってわたくしたちの部屋から追い出して、マキシンとわたくしを納戸に住まわせる、あなたが悪いのよ!!」

 生徒達がザワっと波立った。

「食事もお下がり。マキシンは養生が必要なのに!!」

 さらに進める。

「食事をいただくために掃除や水仕事をしなくてはならない。見て!この荒れた手を!!」

 こうなったら全部ぶちまけてやる。

「ドレスもアクセサリーも全部持って行くあなたが悪いのよ!!」


 シャルロットは青ざめた顔ではくはくと口を動かしている。


「そうよ!シャルロット!!あなたが憎いわ!!」

 エズメは渾身の思いで泣き崩れた。

「だってサンデール侯爵家はわたくしの家ですわ!!」


 ようやくシャルロットは話す気力を取り戻した。

「ウソよ。全部ウソなの!納戸に入れられているのはあたしなのよ。おねえさまに虐められているのはあたしなのよ!!」


 そこへ兄のリカルドが近寄ってきた。

「ちょうどよかった。我が家のことを調べて来たんだけどね」

 リカルドは白けた目でシャルロットを見下ろした。

「茶番もいい加減にするんだ、シャルロット、いやヴァネッサ・エラン」

 冷たい声で言い放つ。

「私達が家を離れている間に、よくも我が家を引っ掻き回してくれたよね」

「おにいさま!!」

 シャルロットの言葉ににべもなくリカルドは告げる。

「私の妹はエズメとマキシンだけだよ」

 にっこり笑って、話を続ける。

「たかが数か月前に来た君達と、生まれた頃から一緒の妹達と、どっちが大切かくらいわかるだろう?使用人も同じだよ」

 シャルロット、いやヴァネッサは震え始めた。


「使用人達の証言が山ほどあるよ。君達が使用人達に温情の有る態度だったら、少しはかばってくれたのにね」

 リカルドは薄く笑いながら続けた。


「君達が侯爵家に入れたのは家族としてじゃないんだよ」

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