2023.12.22 冒頭部

@LuliKohji

※今後一部改変する可能性があります

 あなたに会いに行こう。

 そう思って、僕はいつも大学に持って行っている鞄に数日分の着替えを詰め、玄関の扉を開ける。

 電気は切った。窓は閉めた。ガスの元栓も締めた。エアコンも消した。というか最近は電気代節約のためにそもそも点けてない。ゴミは・・・・・・、まあ多分数日で戻って来るのでそのままでいいだろう。多分。

 鍵を掛け、わざわざドアノブを引いてそれを確かめる。家に金目になるようなものはほとんどないが、ここから更に何か盗られたらそれは困る。

 最寄りの荻窪までは歩いて10分ほど。僕は電車の30分前くらいで痺れを切らして出発した。きっぷを買うにはあまりに余裕がありすぎるが、半年に一回やる定期券の更新とはわけが違うので何があるか分からない。第一、出られるならさっさと出たかった。それくらい、その旅への衝動は強かった。

 どうせ急いで行っても暇になってしまうというのに、駅には電車の20分以上前に着いてしまった。とりあえず、きっぷを買おう。…にしても、どれを選べばいいんだ…? 結局駅員さんに聞いて、買い方を教えてもらった。どうやら、いつもの黒く縁取られた券売機では買えないらしい。緑色の券売機に案内され、駅員さんは左手で目を擦りながら右手で画面をてきぱきと操作する。じゃあお金入れてください、と言われ、クレジットカードを差し込む。¥12,050。安くはない。が、今の時期はこれが最安値のはずだ。暗証番号を入力してしばらくして、何枚かの緑色の紙が吐き出された。利用の案内と、カードの控えと、そして「旅客鉄道会社全線(JR全線)」とでかでかと書かれた、いわゆる“青春18きっぷ”。とにかくこれを無くしちゃいけないんだな。さっき買い方を教えてもらった駅員さんに改札でそれを渡し、判子を押してもらい、中央線快速のプラットホームに上がる。4時47分の東京行き始発まで、まだ10分ある。


 電車が来るまで、あまりに待ちくたびれた。東京の電車なんて、いつもは時刻表をわざわざ確認しなくてもいいくらい矢継ぎ早に来るのに、今日は違った。その10分は、いつも大学に行くときに駅で待つ2分間の寄せ集めとは、わけが違った。一刻も早く、その電車が来てほしかった。

 ついぞ来たその電車は、思いの外混んでいた。アラサーくらいの会社員、職場の最寄りが東京駅そうなOL、空の缶チューハイを片手に眠るおじさん、陽キャギャルの集団。いつも乗っている中央線快速とあまり客層は変わらなかった。違うところといえば、高校生がいないくらい。この電車で通勤している人は毎日この時間に起きるのだろうか。朝に弱い僕にそんな所業は無理だ。今日は、結局寝れずに徹夜してこの始発に乗っているのだ。

 電車に乗ってしまえば割とすぐだった。5時11分、東京着。少し急ぎ足で、9番線まで移動する。5時20分発、普通電車沼津行き。沼津というのは熱海よりも奥らしい。熱海まではサークルの友人と行ったことがあるが、その先は僕の知らない世界だ。

 そうだ、彼らと一緒に東海道線に乗った時、大蛇のように長い電車、その端の方には向かい合わせの席があるのを教えてもらった。そこに座ろう。

 途中、壁のように背の高いグリーン車の横を通る。駅の階段には、なんとかポイントでグリーン車に乗ろうだの、ホリデー料金が云々だの、販促のポスターが掲げてあるが、よく分からない。グリーン車=上級座席というのは分かるが、そんなに簡単に乗れていいものなのか? というか普通電車に付いていていい設備なのか? それに乗るにしてもどうやって乗ればいいんだ? 中央線にはグリーン車がないのもあって、僕は一度も乗ったことがない。そして少なくとも今の僕にとって、グリーン車は不要だ。無駄金になる気しかしない。

 1分以上歩いてようやく電車の先頭の方に着き、向かい合わせの席を発見する。さすがに5時台の下り線、いつも乗るあらゆる東京の電車より空いていた。

 とりあえず荷物を座席に下ろすと、窓越しに、新幹線ホームの奥の方、金色の帯が見えた。あれは知っている。上越新幹線とき号だ。最近出た新しいやつ。帰省する時の貴重な足だ。

 あれで長岡まで行き、そこから特急しらゆきで柏崎、普通電車でもう一駅行って鯨波。なぜか2階建てになっている大きめの駅舎。家しかない駅前。振り返ってトンネル、その先の一車線の通りをするりと抜けると、砂浜の海岸。島一つない遥かな日本海が続いている。そんな光景の中に、あの人はいる。

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