第3話 現実

「仕事を辞めてきたよ」


 彼の地元に引っ越すと、すぐに入籍をしました。


 東京とは全然違う、車がないとどこにも行けないような町。

 華やかさはないけれど、空が広くて、道路が広いこの町がすぐに好きになりました。


 結婚生活は何もかもが新鮮で、楽しい日々が続きました。


 彼のご家族はとてもあったかくて、突然お邪魔をした時もたくさんのご飯を出してくれました。


 そして時々ふらっと現れる彼のちょっと変わったお友達も、新参者の私を歓迎してくれました。


 賑やかで楽しい日々ではありましたが、ふとした瞬間に考えてしまうのです。


 あの時、もっと頑張ってればよかった、と。

 仕事を辞めていなかったらいまごろ……と未練たらしく考えていました。


~*~*~


 入籍してからしばらく経った頃、結婚式の話題が上がりました。


 プロポーズから入籍までがあまりにスピーディーだったから、結婚式はノープランでした。


 そんな中、ひなちゃんとの約束を思い出します。


 ウエディングドレス……!


~*~*~


 中学卒業後、ひなちゃんは服飾の学校に進みました。


「ドレスを作るために服飾の勉強したい」


 その一心で進路を選んだそうです。


 当時の私は、その凄さやありがたさにまるで気付いていませんでした。

 ただ、好きな道に突き進んでいくひなちゃんはカッコいいなと思っていました。


 ドレスのことを思い出したのは良いものの、いまやプロになったひなちゃんにお願いをするのは気が引けます。


 そんな昔の約束覚えてないよ。


 断られたらどうしようかと心配していました。


 だけど、できることならひなちゃんにドレスを作ってもらいたい。

 私は彼女に、正式にドレスの依頼をしました。


 ひなちゃんは快く引き受けてくれました。

 それどころか「作らせてくれてありがとう」とまで言ってもらいました。


 ちゃんと覚えていてくれたことに、心からホッとしたのを覚えています。


~*~*~


 それから本格的にドレス作りが始まりました。


 ひなちゃんからドレスのイメージを聞かれましたが、私はあえて細かい指示はしませんでした。


「私に似合うドレスを作ってほしい」


 そうオーダーしました。


 既存のドレスを見本として作ってもらうより、ひなちゃんのインスピレーションに任せた方がいいものができるに決まっている。


 何より、私に似合うドレスがどんなものなのか見てみたかった。


 ドレスの採寸をするために、何度かひなちゃんのアパートにお邪魔しました。


 最寄り駅に着くと、ひなちゃんは改札前でひらひらと手を振ってくれます。その笑顔を見て、昔と変わらないなぁと懐かしく感じました。


 ひなちゃんのアパートについてから採寸が始まります。


 バスト、ウエスト、肩幅、首回り……。随分いろんなところを計られるんだなと感じつつも、少し気恥ずかしくなったのを覚えています。


 こんなにきっちり計られているのだから、太ったり痩せたりしたら大変なことになるだろう。結婚式までとにかく体型を維持しようと心に決めました。


 採寸を終えると、部屋の中でくつろぎながら他愛のない話で盛り上がりました。


 大人になってから二人だけで話すのは久しぶりだったように思えます。それでも昔と変わらずに話題は尽きませんでした。


 家族の話、共通の友達の話、当時ハマっていたゲームの話……そんな他愛のない話の中に、ほんの少しだけ仕事の愚痴も混ざっていました。


 当時ひなちゃんは、服飾関係の仕事に就いていました。


 さすが、ひなちゃん。きっと夢を叶えて大活躍しているに違いない。


 そう思っていましたが、現実はそんなに簡単なものではなかったようです。


 畑違いの私には、ひなちゃんが直面している問題は分かりません。

 だけど、才能に満ち溢れたひなちゃんですら、思うようには行かないのは意外でした。


 憧れの仕事についても、その先で活躍するのはやっぱり簡単ではないようです。

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